ロマンシングサガ3 カタリナ編 第三章4

 

 カリカリと紙の上にペンを走らせる音だけが絶え間なく場を支配していた空間に、控えめなノックの音が二度響く。
 
「どうぞ」
 
 それに返事をしながら、トーマスは窓から差し込む西陽に、時間の大体を知る。
 部屋に入ってきたのは、此処最近は秘書として中々板に着いてきた様子のサラだった。
 
「トム、フルブライトさんから静海沿岸の穀物取引価格変動値、過去二年分がきたよ。ヨルド海沿岸のは、お昼のうちに纏めておいたわ。こっちね」
 
 そう言ってサラは、トーマスに数枚の紙の束を二つ渡す。書面には各地の穀物に対する消費、生産、輸入、価格等に項目分けされた折れ線グラフと、その経路や取引状況などが書かれているようだ。
 
「有難う、サラ」
 
 受け取ったトーマスは、早速それに目を通す。紙面に描かれたグラフや数値の大方は予測通りの値だが、気になる所といえば、ヨルド海方面の生産量のあまり穏やかでない減少具合と、静海では輸送コストの著しい増加と言ったところか。
 それぞれ矢張り、気候の変化や治安の悪化という状況が影響しているようだ。トーマスはふぅむと唸りながら、其々に対するアプローチを考え始めた。
 そこに、サラが割ってはいる。
 
「あと、考えている所にごめんね、カタリナ様からこれ」
「うん?」
 
 更に差し出された封筒に、トーマスは首を傾げた。封書には丁寧な字でトーマス宛の旨が記載されており、裏面には確かにカタリナのサインがある。
 取り急ぎ、ランスから何か報告だろうか。封筒を開けると、中には三枚綴りの便箋が入っていた。
 
「・・・・・・」
 
 始めは、旅の状況がざっくりと書かれていた。キドラントとユーステルムで其々多少の時間を取られてしまったが、いい足が手に入ったので日程的にはまぁ順調であるということ、これから漸くランスに向かうなどという記述だ。改めて封筒に目を戻せば、発送依頼は一週間前。となればもうカタリナは恐らくランスに着いているだろう。
 
「旅は順調みたいだね。もうランスに着いているだろう」
「ほんと?よかった」
 
 トーマスの言葉に、サラも笑顔で答える。トーマスも微笑んで返し、続いて二枚目を捲ってその内容に目を通し、彼は我が目を疑った。
 
「・・・・・・!?」
「ど、どうしたの、トム?」
 
 普段は全く見ないトーマスの目を見開いた驚愕の表情に、サラは慌てて声を掛けた。
 そこで我に帰ったトーマスは目を擦って再度便箋を穴が空く程見つめ、心底驚いたというのがありありと伝わる声を出しながら、便箋をサラに差し出して見せた。
 
「・・・これは凄いよ、サラ。カタリナ様がここ連日で取り付けて来てくれたらしい、北方の二つの街の商談リストだ」
 
 珍しくやや興奮気味に言うトーマスの言葉を聞きながら、サラも便箋に目を落とす。そこにはキドラントとユーステルムの名前があり、其々の街での商談相手、アプローチ内容、大まかなニーズ、そして現在の類似取引状況等が記載されていた。
 
「三枚目の記載によれば、キドラントの企業や生産者に関してはほぼ全てがウチとの優先的な取引に好意的な返事まで頂いているとのことだ。ユーステルムでも、あの北の盟主と言われるエリック社が商談に乗り気だそうだ。もしエリック社といい条件で話が纏まったら、一気に次の四半期決算でカンパニーの名前が上位ランキングに名を連ねる事も夢じゃない。世界経済の革新的な連結に、大きく動き出せる」
 
 それがどれだけすごい事かはサラには今一理解出来ないが、取り敢えずいいことだという事は分かって一緒にはしゃいでみる。
 トーマスは急ぎの様子で机の上を綺麗に片付けると、大きめの旅行カバンにそれらの書類を投げ込んだ。
 
「こんなものを見せられちゃあ、じっとしてなんて居られないな。サラ、早速北に商談に行こう。この商談遠征で、北を根こそぎ掻っ攫う。今日最終のツヴァイク行きの便を二部屋、手配してくれ。俺はその間にフルブライト様に後押しの情報操作を頼む書状を仕上げる。戻ったらレオナルド工房に連絡をしてくれ。例の情報の信憑性を確かめてくるから、まだ動かないでくれ、と。いいね?」
「はい!」
 
 俄然やる気で目に火が灯っているトーマスに元気良く返事を返しながら、サラはパタパタと部屋を後にした。
 トーマスもそれを見届けると、直ぐ様机に向かって便箋とペンを取る。
 
「しかし・・・驚いたな。まさかカタリナ様に、ここまで商売の才能があるとは・・・」
 
 興奮冷めやらぬままにペンを走らせながら、トーマスは今頃ランスに居るであろうカタリナを想った。
 
 
 
 街道に積もる雪を軽快なモーター音と共に豪快に巻き上げながら高速で走ってきた謎の鉄馬車らしき物体に、一時聖都ランスの住民は騒然となった。
 ガオンガオンと吠えるようなアクセル音に恐れをなして街の人は謎の物体に近づけず、止まったそれをかなり遠巻きに見ながら口々に不安を漏らす。
 そんな中でガチャリ、と鉄馬車の側面が音を立てて僅かに開くと、住民たちにより一層の緊張が走った。
 
「えーっと、こ、こんにちは~」
 
 流石にこの登場は不味かったと思いながら、カタリナが自らの持つありったけの爽やかなスマイルで術戦車から降り立った。
 続いたポールは、知らん顔でさっさと車を出る。
 すると鉄馬車の中からなんと人が現れた事に、更なるどよめきが住民の中で起きた。
 丁度そのタイミングで住民の間を縫って一人が集団から一歩飛び出し、カタリナ達に対峙する。
 カタリナがその人物に目を向けると、それは若い女性だった。北の住民には余り見られない顔立ちに、長めの髪をポニーテールに纏めた活発そうな印象の女性だ。
 カタリナはこの人物に見覚えがあった。
 どうやら女性もカタリナの姿に反応を示したようだが、今一歩思い出せない様子だ。
 
「それ以上近づかないで。あんた達、何者?」
 
 女性は腰の留め具に差してある小型斧の柄に慣れた手付きで手を添えつつ、けん制するように鋭く睨みながら構えた。
 
「・・・ひょお、ランスにきていきなり美人のお出迎えか。・・・しかしあの斧は、トゲってレベルじゃねぇなぁ」
 
 軽口を叩くポールを肘で軽く小突くと、カタリナは一歩前に出てにっこりと笑顔を作ると、ぺこりと頭を下げた。
 
「お久しぶりですね、エレン=カーソン。私のことを、覚えておいでですか?ロアーヌ宮廷でお会いした、モニカ様の侍女のカタリナです」
 
 その言葉に、いつでも斧を抜けるように構えていたエレンはハッとした。
 
「カ、カタリナ様?」
「ええ。先の事変では大変世話になりました。まさか貴女がこんな所に居るとは、思いませんでしたが・・・」
 
 カタリナが喋る間にもエレンは二歩三歩とカタリナに近づき、その顔をまじまじと窺った。
 
「ほんとだ、カタリナ様だ・・・。お、お久しぶりです。凄いイメチェンしてて気が付きませんでした・・・」
 
 軽く緊張気味にエレンが頭を下げる。思い出せないのも無理はないだろう。カタリナとエレンとは三ヶ月近くも前に一度宮廷の謁見の間で顔を合わせただけに過ぎない。それでカタリナのこの変わりようでは、逆に一目で見抜く選別眼を持つトーマスなどの方が特別だ。
 カタリナはたいそう慣れない様子の敬語を使ったエレンに微笑みながら、口を開いた。
 
「・・・ふふ、そんなに畏まらないで頂戴。今は私も宮廷貴族ではなく、放浪の身。そんな風に接して貰う理由もないわ」
「おいおいカタリナさん、この美人と知り合いなのか。そんなら是非ご紹介に預かりたいもんだ」
 
 カタリナの挨拶に次いで、ポールがカタリナにはロアーヌの地下牢で見せて以来の胡散臭いスマイルを見せる。ひょっとしてこれが彼なりのキラースマイルなのだろうか、などとふと頭の片隅に過る。
 そんな事を思いながら、まだ戸惑い気味のエレンに喋り掛けた。
 
「あぁ、これ、ポールって言うの。基本、気にしなくていいわ」
「おいぃ!?」
 
 あまりにおざなりな紹介にポールが抗議の声を上げるが、そんな様子にキョトンとした様子のエレンは、ふっと笑った。
 
「なんかカタリナ様って、宮廷で見た印象とは結構違うのね」
「う、うーん、まぁそうね・・・」
 
 このキャラで認知されてもそれはそれでどうかと思うが、取り合えずこの場は緊張を解すためにそう言う事にしておく。
 と、そこにおずおずと住民の一人らしき男が、後ろの集団の中から声をあげた。
 
「エ、エレンちゃん、そのお方達はエレンちゃんのお知り合いなのかい・・・?」
 
 その声にエレンが我に帰ったような顔をすると、後ろに振り返って高らかに叫んだ。
 
「あ、みんな、大丈夫!この人は私知ってるから、安心よ!」
 
 その鶴の一声に、それまで不安そうだったランスの住人達は一気に緊張が解れた様にわらわらと散って行った。
 
「・・・エレンは、ここのリーダーか何かになったの・・・?」
 
 その様子を見ながら不思議そうな顔をするカタリナに、エレンは笑って答えた。
 
「ううん。ただ、仲良くなったってだけ。もうここに来て一月以上経ってるから」
 
 仲良くなっただけであれは無いだろうなどと頭の中では冷静にツッコミを入れつつ、カタリナは漸くここで本来の目的に関して言及した。
 
「一月以上・・・。あ、ではエレン、ここにある聖王様のご生家って分かるかしら」
「聖王様の?うん、分かるよ。何か用事?」
「ええ、大事な用事が、ね」
 
 軽く笑みをこぼしながら意味深な語感でそう言うと、エレンは首を傾げながらも二人を街の中へと導いた。
 雪を踏みしめながら歩きつつ、カタリナとポールは周囲を見渡す。ユーステルムと同じく街の中は雪に覆われており、しかしその外観はユーステルムほど都市的でも無い。聖都ランスはカタリナが本や人伝に見聞きした通りの、穏やかで長閑な、昔ながらの生活を匂わせる場所だった。
 
「遠目から眺めた事があるくらいだけど、こうして見ると意外と『聖都!』ってほど神秘的な感じじゃないんだな」
 
 ポールはそんな感想を抱いたようで、何故かエレンの横にぴたりとついて歩きながらこのランスという街をそう表現した。これはキドラントに帰ったらニーナに報告しておこう、と誓うカタリナ。
 
「そうね、すっごいのどかーって感じ。でも、聖王廟はやばいよ。なんか入った途端に空気に飲まれるの」
 
 対するエレンは横並びのポールにもなんら気にすることなく、西に見える大きな建造物を指差しながら言った。
 釣られて目を向けたカタリナは、視線の先にどこか既視感のある建物を眺める。あの場所に、かの聖王が眠っている。そう思うと、なんとなく胸にこみ上げてくるものがあるような気がした。
 観光にここまで来たわけでは無いが、一度は訪れたいと考えていたのも事実。後ほど足を向けてみるのも悪くないだろう。
 
「はい、此処が聖王家。人、呼んじゃうわよ?」
 
 程無くして豪奢ではないが造りの立派な家の前まで来てそう言うと、エレンはこちらに構わず真鍮製のドアノッカーをガツガツと鳴らした。宮廷で見て感じた通りにかなりサバサバした性格のようだ。
 すると程なくして、中から上品な様子の老婆が静かに扉を開いて現れた。
 
「はい何方様・・・あら、これはエレンさん。こんにちは」
「こんにちは、お婆ちゃん。あのね、ここに用事があるって知り合いを連れて来たんだけど、今大丈夫だった?」
 
 そう言ってエレンがカタリナ達に視線を向けると、気持ち姿勢を正した二人が老婆に向きあった。
 
「お初にお目にかかります。私はロアーヌより参りました騎士、カタリナ=ラウランと申します。本日はどうしても聖王家の方々にお耳に入れておいて頂きたい事が御座いまして、馳せ参じました。事前にこの件はピドナのクラウディウス家より、書状も届いていたかと思います」
 
 言葉に合わせてカタリナが恭しくお辞儀をすると、ポールもそれにつられてぎこちなくお辞儀をした。
 対する老婆はそんな二人の顔に温かい視線を向け、次いでカタリナの指にはめられている指輪に視線を移す。
 カタリナもそれを察知して心持ち手を上げると、老婆はゆっくりと頷いた。
 
「ええ、伺っておりますよ。遠路はるばる、ようこそランスへいらっしゃいました。当主様も丁度いらっしゃいますので、中で少々お待ち頂けますか?」
 
 そう言って快く老婆が中へと招いてくれると、カタリナはそれにまた一礼をした。
 
「私は宿屋にいるから、もし何かあったら顔だしてね」
「ええ、後ほど伺うわ。わざわざ有難う、エレン」
 
 エレンが手を振りながら去って行くのを見送り、二人は聖王家の中へと入っていった。

 

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