ロマンシングサガ3 カタリナ編 第三章2

 

 月夜に一人外に出ていたポールは草葉のクッションに身をゆだね、その日一日自分は何をしたのかも思い出せないといった様子で、ぼんやりと上空を眺めていた。

 昨日の朝にカタリナが教授と共にツヴァイクに戻り、自分はこうして無事にキドラントでの生活を再スタートさせた。しかしながら昨日今日とこの町で過ごしたポールの中には、どこか腑に落ちない、わだかまりのような何かが居心地悪そうに身体に居座り続けている。

 

(んなことは分かっているんだ・・・・んなことは・・・)

 

 久しぶりに手伝った鉱山作業は相変わらず体力仕事だったが、久しぶりだから楽しいものであった。仕事を終えて町に帰れば最愛のニーナが笑顔で迎えてくれ、温かい夕食を振舞ってくれる。カタリナから貰い受けた銀のタロットを昨夜プレゼントしたときなどは、ニーナは飛び上がるほど喜んで、こちらが苦しくなるくらいに抱きしめてくれた。

 今まで嫌いだった自分の祖父も、今回の一件で正直少し見直した。未だにいけ好かない部分ももちろんあるが、それでも以前この町を飛び出る前のような感情は、すっかり色あせてしまった。

 そんな今のキドラントは、ポールにとってはとても居心地の良い場所だった。

 

「・・・・そんなことは・・・わかってんだっつーの・・・・」

 

 起き上がり、行き場の無い感情を何かにぶつけることも間々ならず、思わず口をついてでたその言葉もまた、空しく響き渡るだけだった。

 ポールは、自分が迷っていることを自覚していた。

 キドラントにいることは自分にとってとても幸せだが、しかしそれが簡単に崩れ去るものであることを、今回の一件でまざまざと見せ付けられた。

 そしてまた、此度の一件のようなことが再び起きないという保障は無いことを、教授から聞いてしまった。

 それに対して、自分は何も出来ないのか。

 

(できねぇ・・・少なくとも今の俺じゃあ、ほっとんど何もできねぇ)

 

 ポールは以前この町を出るとき、勇敢で屈強な冒険者になることに憧れて出て行った。気に入らない祖父にも芯を曲げられず、愛するニーナを自分の手でしっかり守れるような、そんな冒険者を目指して。

 だがその実情はといえば、盗賊に捕まって自分もその世界にしばらく身を染め、挙句は捕まって情状酌量での早期解放。

 目指した強さなど、殆ど手に入ってはいなかった。

 

(だが・・・この場所では強さを求められない。でも・・・この場所にいないと・・・この場所を守れない・・・)

 

 もう二度と、今回のような事件がおきたときに自分がそこにいないことはごめんだ。だがこの場所にいたとしても、自分が強くなければ意味は無い。

 

(・・・あぁ、どうしたもんかな・・・・)

 

ゴゴゴゴゴゴ.....

 

 見上げる月夜はどこまでも透き通り、夜気は冷たく、周囲は騒音に包まれ始めていた。

 

ガガガガガガガ.....

 

(・・・・なんで騒音に包まれ始めてるんだ・・・?)

 

 キドラントの静かな夜とはあまりに場違いな騒音に顔を顰めたポールは、どうやら自分の背後の遠く彼方から聞こえてくるらしいその音に対して、振り返った。

 これでも夜目は効くつもりだが、まだそんなポールの目にも、音の正体が何であるのかは分からない。

 ポールはごくりとつばを飲み込みながら、無造作に腰に装着してある剣に手をかける。一応ポールとて、多少の剣術は会得している。外道のものから教わった技術である故に、その戦法は若干小汚いものであるが。

 徐々に騒音が大きくなって近づいてくるにつれ、ポールはそれが何であるかを見極めようと目を細めながら、同時に思考をフル回転させた。

 

(早速、この町を襲う何かが来たっていうのか・・・?)

 

 いくつかの嫌な考えが頭に過ぎるが、今は考えても仕方がないと前を見据える。

やがて遠巻きに砂埃が舞い上がってくるのが夜の闇の中でも視認され、騒音はいよいよ耳に耐え難いほどの大きさとなっていた。

 その段階に至り、自分の見つめている対象がかなりのスピードでこちらに向かってきていることにポールは気がつく。

 自分が知る限りで最速の駿馬といえど、あんなスピードでは走れない。それにこの騒音には、重装騎馬ですら敵わぬほどの圧倒的な破壊の響きが宿っている。つまりはその物体との衝突が自分の確実な死を意味するであろうことが、簡単に察せられた。

 そう思った瞬間、ポールは実に潔く剣を投げ捨てて横に思い切り飛んでいた。

 刹那、騒音の主はそれまでポールが立っていた場所を速度も緩めぬままに通り抜け、そして大音量の摩擦音と耳障りな甲高い金属音を交えながら、しばらく進んだ後に停止したのだった。

 

「・・・・止まった・・・?」

 

 未だ土埃が舞い立つ場所を凝視しながら、ポールは立ち上がって拾い上げた剣を再び構え、慎重にその場に近づいていく。

 そして、同時にその土埃の舞う地点からこちらに走り寄ってくる人影を確認した。

 

「だ、大丈夫ですか・・・!?」

「カ・・・・カタリナさん・・・?」

 

 予想外にえらく見覚えのある人物を目にして呆けた表情のポールの元に走り寄ってきたのは、酷く焦ったような表情のカタリナだった。

 

「あれ・・・ポール?ど、どうしてここに・・・?」

「いや、それは俺の台詞なんだけれどな・・・」

 

 すっかり毒気を抜かれた様子のポールは、駆寄ってきたのが間違いなくカタリナであることに安堵して、ゆっくりと剣を鞘に納めながら迎えた。一方のカタリナは、なにやら気が動転した様子で困惑の表情をしている。

 

「良かった・・・・轢いちゃったかと思ったわ・・・」

「あぁ、危なかったさ・・・って、今のはカタリナさんだったのか・・・?一体何に乗っていたんだ・・・?」

 

 心配そうにポールを窺うカタリナに対して健全をアピールするように両手を広げたポールは、とにかく動転したカタリナを落ち着かせるようにゆっくりと喋った。それに応じて早々に落ち着きを取り戻し始めたカタリナは、ポールの視線を誘導するように、自分の背後に振り返る。

 

「えっとね・・・なんだったかしら。スーパーウルトラ・・・何とかマシーン・・・」

 

 どうやらまだ気の動転は収まっていないようだ。そう判断したポールはとりあえずカタリナの言葉は聞かなかったことにして、ゆっくりと歩きながら、漸く土埃の収まり始めた地点へと近寄っていく。

 そこには、全く見たことが無いような不思議な形状の黒い固まりが、時折赤く鳴動しながら佇んでいた。

 ポールの目から見た最初の印象は、えらく車高の低い鉄製の馬車みたいな四輪の乗り物、といったところか。

 それを呆然としながら眺めていたポールの横に追いついたカタリナは、困り顔で腕を組みながら言葉の続きを語った。

 

「これね・・・先日の一件のお礼に、って教授から無理やりもらっちゃったものなんだけれど・・・術戦車、っていうものらしいわ」

「術戦車・・・・?」

 

 聞きなれない単語に首を捻るポールに対して、カタリナはどう説明していいのやら、といった様子だ。

 

「朱鳥術を応用した半永久機関を搭載した四輪駆動の機械戦車・・・とか言っていたかしら。これもツヴァイク公からの依頼らしいのだけれど、これはそれのプロトタイプとして製作したものだそうよ」

 

「また、ツヴァイク公か・・・」

 

 先日の教授との会話を思い出し、苦々しげな表情をするポール。しかしそんなポールの表情に気がつく様子の無いカタリナは、困り果てた様子で術戦車を眺めていた。

 

「兵器の類は何も搭載していないから走るしか出来ない・・・って言っていたけれど、いざ走ってみたらあの速度でしょ・・・?止め方もよく解らないし、速過ぎて何処走っているのか解らないしで・・・」

 

 ほとほと参ったといった口調のカタリナに、ポールは思わず眉間を押さえた。

 

「あー、よく分からないがまぁ・・・あの教授の作ったものって事で納得するさ・・・。ところでカタリナさんよ。あれとその調子で夜通し格闘するつもりじゃなけりゃあ、もういい時間だぜ?なんなら今夜は泊まっていくかい?」

 

 月夜に一人悩んでいたところを思わぬ珍客のおかげで台無しにされたポールは、ちまちまと考えるのも性に合わないと気を取り直してとりあえずそう提案した。

 

「え、ニーナちゃんのとこ?いやよ。流石に私だって若いカップルの愛の巣に迷い込んで平然となんかしていられないわ」

「違うわ!ウチなら部屋は余ってるし、ニーナのところがよければ俺は実家がちゃんとあるし・・・あぁ、兎に角いこう・・・」

 

 もやもやしていたところに面倒な説明をするのも億劫だったのだろう。ポールは途中で話を切り上げてゆっくりと歩き始めた。

 まだなにか言いたそうだったカタリナも、しぶしぶながらポールの後を追う。あの術戦車とやらは放置したままだが、あのままでも特に盗まれる心配などはないだろう。

 

「・・・そういや馬、届けてくれてありがとうな、カタリナさん」

 

 既に明かりも殆ど灯っていないキドラントの街並みを丁度見下ろす位置の丘を下りながら、ポールが口を開いた。

 それには気にするなと気さくに返したカタリナだったが、なにやら言葉の続きを言いたそうでしかし言い淀むポールに首を傾げる。

 

「あー、その、なんだ。ちょっとさ・・・一杯、付き合ってくれないか?」

 

 普段の軟派口調は何処に行ったのか、妙にたどたどしい様子で誘いを掛けてきたポールに、カタリナは今度こそ大いに首を傾げてみせた。

 

「私は別に構わないけれど。どうしたの、様子がおかしくない?」

 

 いよいよカタリナがそう口に出して問うと、ポールは後頭部を掻きながら歯切れ悪く言った。

 

「あー・・・、なんとなく呑みたい気分なんだ。そこに美人の連れが居りゃあ、酒も美味くなるってものだろ?・・・そんだけだ」

 

 言った後で我ながら下手な誘い文句だと頭を抱えるポール。どうやらこれは重症のようだ。こんなポールは見たことがなかったので、カタリナもなにやら複雑な気分で彼の後を付いて行った。

 

 

 

 

 

キドラントに一件しか無い宿に備付の酒場兼食堂に入った頃には、もう他の客は引き上げていた。

顔馴染みであろう店主に軽く挨拶をしてからカウンターに腰掛けたポールは、隣に座ったカタリナを確認するとオススメのワインがあるんだと言い、店主にオーダーした。
 
「・・・北の地は寒冷地だから、ロアーヌやピドナみたいにグッと濃いワインは出来にくい。その代わりに、突き刺すような爽やかさをもった白ワインがウリなんだ」
 
 そう言ってポールが二つのグラスにワインを注ぐと、片方をスライドしてよこしてきた。途端に、鼻腔に広がるスッキリとした果実の香りがカタリナにも感じられる。
 
「テーブルワインだが、結構イケるんだぜ。ま、乾杯」
 
 そう言ってグラスを掲げたポールに自らのグラスを合わせ、一口啜る。適度に冷やされ、心地よい酸味と後から広がる果実味にカタリナは舌鼓を打った。
 
「・・・それで、どうしたの。何か話したいことが、あるのでしょう?」
 
 暫しワインの後味を愉しんでいたカタリナだったが、すっかり押し黙ってしまったポールにいいかげん話し掛ける事にした。
 
「・・・すげぇ悩んでるんだ。出来ればあんたの意見を聞きたい」
 
 暫くは無言でグラスを弄くっていたポールが、沈黙を破ってついにそう口に出した。
 カタリナがグラスに口を付けながら続きを促すと、ポールも一口なめて口を湿らせてから、再びしゃべり始めた。
 
「今回の事はあんたの・・・カタリナさんのおかげで、本当に助かった。だが、あれみたいな事が今後も起こらないとは、限らない。そしてその時にまたあんたがいるなんて都合のいい事は、ない。だから、そん時は俺がニーナを守らなくちゃならないと思っている」
「・・・いい事じゃない。何処か悩む要素、ある?」
「・・・大有りだ」
 
 一つ大きなため息をつくと、ポールはサービスで出されたらしいドライフルーツを一口つまんだ。
 
「・・・俺は、その、なんだ・・・。強い冒険者、ってのに憧れてこの町を出た。あの頃はこんなに具体的には考えて居なかったが、兎に角腕っ節が強ければニーナを守れると思ったんだ。単に反発心だけってわけじゃなかった」
 
 言っていて恥ずかしいのか、再度確認するようにそれとなく周囲を見渡して人が居ない事に安心したポールは、続きを口にした。
 
「だが、俺は今も弱い。そんな俺が守る事ができるものなんて、微々たるものだ。もしまた今回みたいな事が起こった時、今の俺には正直、守れる気がしない」
 
 苦虫を噛み潰したような表情で、ポールはグラスを見つめていた。
 
「強くなりたい。でも其れは、ここでは望めない・・・だから出て行ったんだ。でも守るには、ここに居なくちゃならない・・・。この二日、ずっとそんな事ばかりを考えちまうんだ」
 
 空になった自分とカタリナのグラスにワインを注ぎ足しながら、ポールはため息をついた。
 確かに、アルジャーノンを仮にポールが一人で相手をしようとしたら、厳しかっただろう。というかまず洞窟の岩を砕けない時点で、詰んでいたはずだ。

カタリナはグラスに注がれたワインをまた一口啜り、ドライフルーツを摘む。

「・・・私の武器はこの大剣だけど、貴方の武器はその剣なのかしら」

 

 ふと、カタリナがポールの腰にある剣を横目にみながら口走った。
 
「・・・どういう事だ?」
 
 疑問符を浮かべながらポールが言葉の意味を問うと、カタリナも頭の中で上手く纏まっていなかったのか、考えながら呟いた。
 
「貴方の武器は、剣じゃなくて情報収集能力・・・だと私は感じているのよね。それを駆使する事によって、事を未然に防ぐ、若しくは解決策を早期に探る・・・そんな戦い方が出来るんじゃないかしら。そりゃあまぁ、腕っ節があるに越した事は無いのでしょうけれど」
 
 そう言ってグラスを傾けると、ポールはそれについて考えるように俯いた。
 事実カタリナは、お世辞抜きにそう思っていた。ゴドウィンの変を事前に知り得、マスカレイドが奪われた事すら知っており、ツヴァイクの事情にも明るい。その情報量には、カタリナは舌を巻くばかりだ。情報と言えばトーマスがまずカタリナの中には思い浮かぶが、ポールの知り得るそれは更に突っ込んだ事情にも思うのだ。
 そこでふと、ポールにマスカレイド探索を協力してもらったら力強いのではないか、などと頭に過る。
 一方のポールは、うーんと唸りながらグラスを傾けた。
 
「情報戦、か。確かにそれに関しちゃそこらの奴に劣るとはまず思わないがなぁ・・・。でも世界各地の情報を知り得るにはまだパイプが弱いし、腕っ節もあるに越した事は・・・。待てよ、情報で察知・・・しながら、鍛える・・・」
 
 そこまで呟き、ポールははたと押し黙った。カタリナが何事かと様子を見るが、ポールはなにかをブツクサと呟きながらグラスを見つめている。
 
「・・・ポール?」
「カタリナさん、俺をあんたの旅に連れて行ってくれないか」
 
 カタリナの呼びかけに対し、ポールは突拍子もない提案をしてきた。
 
「・・・ニーナちゃんはどうするのよ」
 
 それを無碍に断るでもなく、カタリナは試すような視線で問い質す。それに対し、ポールは大きく頷いた。
 
「大丈夫だ。情報のいいところは、場所を選ばないところだ。勿論コネと町の規模により収集量に差はあるが、耳は何処にでもあるもんだ。此処でなくとも、それでなら俺の守り方が出来る。あんたについて行ければ、腕っ節もコネもパイプも、今よりつくと思うんだ。その上で俺は、此処に戻ってきたい」
 
 ポールはそう熱弁すると、グラスの中身を飲み干した。
 
「それにカタリナさん、そういや聞いちゃいなかったが、あんた・・・これからランスに向かうんだろう?恐らくはマスカレイド探索の件で、聖王遺物の手がかりを求めに。・・・違うかい?」
 
 ずばり、図星を突いてくる。カタリナはそれに軽く舌を巻きながら、眉間に皺を寄せた。
 
「・・・だったら、なんだって言うのよ」
 
 カタリナの問いに対して確信を得たポールは、待ってましたとばかりにニヤリと笑う。
 
「俺の情報収集能力、役に立つぜ?マスカレイドもそうだし、ロアーヌの事も、モニカ様の事も」
 
 そう言ってポールはワインボトルを掲げた。つくづく、喰えない男だ。カタリナは渋々グラスを差し出した。
 
「・・・いいでしょう。但し、ニーナちゃんにはちゃんと説明してよね」
 
 注がれるワインを見ながらカタリナがそう言うと、ポールはよしきたと笑いながらしっかりと頷いた。

 

 

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第三章・目次