ロマンシングサガ3 カタリナ編 第三章1

 

 深夜まで続いた大宴会は、主賓の一人であるポールの酔い潰れを以て一次会閉幕となり、あとはその場に残った面子で引き続き飲み続けることになった。とはいっても、大部分の町民がその場に残ったのは言うまでもない。

 町に到着したと同時に早々に宴の中心へと飛び込んできたポールは駆けつけから地酒を町中の知り合いに飲まされ、かなりふらふらの状態でしばらくは過ごしていたが、最後に何故か宴に乗り気で加わっていた教授との飲み比べに大敗を喫して地面に倒れ伏したのだった。

 

「私にお酒で挑もうなんて、千年早いわね」

 

 地面で唸るポールを見下しながら優雅にワイングラスを傾けつつそう吐き捨てる教授には勝者への賛美が送られ、寝転がるポールにはニーナの膝枕が送られる。

 それを横目にみながら引き続きマイペースにジョッキを傾けていたカタリナだったが、ふと自分に向けられた視線に気がついてそちらを向くと、それは多少顔に赤みを帯びて上機嫌そうな教授だった。

 あまり個人的に好ましい人物とはいえなかったが、アルコールの効果もあってかあまり細かいことを気にしないでいたカタリナは、その視線に真っ向から応えて首をかしげた。

 

「どうかした?教授さん」

「ええ、貴女にはまだ今回の私の不始末を決着させてくれたお礼をしていなかったと思ってね」

 

 そういいながら、ワイングラスを片手に歩み寄ってくる。

 

「お礼・・・?いいわよ、そんなこと。私は当然のことをしたまでだもの」

 

 掲げられたワイングラスに遠慮がちにジョッキを合わせ、肩を竦めて飲み干す。しかし教授としてはそれでは納得しかねる様子で、カタリナのすぐ隣りに腰を下ろした。

 

「私はきっちりそういうのは返さないと気がすまないの。かといって、私は貴女のことを何も知らないわ。それではお礼のし様もないと思ってね。少し話を聞きにきたのよ」

「話、っていわれても、ね。特に思い浮かぶような話もないけれど」

 

 流石に酔いの勢いなどで今の自分の目的を目の前のこの人物に話す気にはなれないカタリナは、教授から差し出されたワインのグラスを受け取りながら口を濁らせた。

 

「貴女、旅の途中?」

「ええ、そうよ」

 

 カタリナの格好をみてそう思ったのだろう。何気なしに聞かれた内容に、カタリナは素直に頷いた。

 

「それなら、そう・・・足が必要じゃなくて?」

「足なら、水路を行くときの船だけで十分かしら。馬車は便利だけど、あんまり路銀をそれに消費するわけにもいかないしね」

 

 実のところを言えば今回の旅におけるカタリナの懐は、ピドナに渡ったときのそれよりもかなり潤っている。遠慮したにもかかわらずトーマスとフルブライト二十三世から無理やり手渡されてしまった旅の資金が、かなりの額に及んでしまったからだ。

 しかしそれを考え無しに使うのも躊躇われたカタリナは、船賃以外は節約するように努めようと思っていた。

 

「それなら・・・・どうかしら。私から是非貴女に、今回のお礼に旅の足を提供したいと思うのだけれど」

「そんな高価なものを、もらうわけには行かないわ。お気持ちだけで十分よ」

 

 さらりと提案してきた教授のお礼とやらに、カタリナはとんでもないというように首を横に振った。馬は一頭持っていれば確かに便利だが、宮廷暮らしの時分ならばともかく、こうして旅をして分かるようになってきたのだが、やはり世間ではまだまだ高価なものだ。おいそれと受け取れるようなものではない。

 

「あら、遠慮しなくていいのよ。いえむしろ、是非とも使って欲しいの。そのほうが私としても助かるのよ」

「助かる・・・・?」

 

 その言葉に疑問符を浮かべたカタリナだったが、断りきれない性質であるカタリナが教授にこのペースで押し切られるのは、最早時間の問題であった。

 

 

 

 

 

 

 

 一緒にツヴァイクの牧場へと馬を帰しに行くと言い張りながらも二日酔いでダウンしていたポールを残し、翌日の昼前にはカタリナは教授と共にキドラントを後にした。

 大勢の町民に見送られながら再びツヴァイクへの道のりを進み始めたカタリナはポールの代わりにもう一頭の馬を牽引し、教授は馬車を呼びつけての帰宅である。

 行きほど急ぎではないものの、軽快に街道を進んだ一行は、さらに翌日の夜、ツヴァイクの北門へとたどり着いた。

 

「私はここで待っているから、早くその馬を返してきて頂戴」

「すぐに出立するの?」

「ええ、ここから私の館まではそう遠くもないし、この町に宿をとるくらいなら野宿するほうがマシだわ」

 

 どうもパトロンであるはずのツヴァイク公のことが余り好きではない様子の教授のその口ぶりに閉口しつつも、カタリナはツヴァイク牧場へと馬を進めた。

 牧場主は実に気のいいおじさんで、事情を説明してポールからの伝言をあわせてお礼をいうと、快活に笑いながらカタリナのことを労ってくれた。

 夜のツヴァイクは以前見たときよりとはまた違った賑やかさを持っていたが、カタリナは恨めしそうにツヴァイク宮殿を睨んだだけで、すぐ北門へと戻ることにした。

 モニカ婚約の話に加えてキドラントからの魔物討伐要請の一件で、カタリナの中のツヴァイク公へのイメージは以前にも増して悪くなっているのだ。

 心持ち早足で教授の待つ馬車へと戻ったカタリナは、迎え入れられるままにその馬車に乗り込み、再び揺られながら西へと進んでいった。

 夜道に松明で明かりを灯しながら進んでいくと、しばらくして森の中へとまっすぐ続く一本道に進路を変える。

 そこには、不思議と明かりがいくつも見えてきた。それまで薄暗かった森の中に突然浮かび上がったいくつものその明かりに、カタリナは目を瞬いた。

 

「この森には、教授以外にも人が住んでいるの?」

「いえ、私の館以外には何も無い森よ。あの灯りはね、朱鳥術を応用して作り上げた、自動照明よ」

 

 丁度その灯りの一つ目を通り過ぎながら、教授は事も無げに言い放った。言葉を聞きながらカタリナが馬車の窓越しにその灯りを傍から見やると、それは以前に魔王殿の地底回廊で見た覚えがあるそれと似たような灯りであった。

 

「術を物質に応用するなんて、まだ世間じゃあほんの一部にしか使われていない技術よね。そんなのをよくまぁ揃えたわね」

 

 カタリナが半ば感心したように口にすると、教授はクスリとも笑わずに目を細めた。

 

「自前だもの。どこぞの劣悪な不良品紛いのものを購入するより、自分で作ってしまったほうがよほど出来がいいし安上がりだわ」

 

 さらりと言いのける教授の横顔を見て、カタリナは思わず目を丸くしてしまう。

 物質と術を合成した魔導器文明というのは、その誕生は非常に古い。それこそカタリナ自身が魔王殿の地下で見た照明などは、今から六百年もの昔に作られたものなのだ。

 それ以外ではカタリナが所有していたマスカレイドやレオナルド工房から盗み出された聖王の槍といった、いわゆる聖王遺物と呼ばれる宝具も、大きく区分すればそれに当てはまる。

 だがそれらの魔導器を形作るメカニズムというのは、未だその全容が殆ど解明されていないのが現状だった。

 ピドナで見かけた写真機などのように術者と共に在って初めて効果を発揮するものはいくつか出回っているものの、術者を離れて自立稼動するような品が現代の人の手で作られるなどという話は、全く聞かない。

 それをこともあろうに自前で作ったなどとさらりと言われてしまっては、驚くなというほうが無理な話であった。

 

「とはいえこれらの照明なんかは、定期的にエネルギーを供給してあげなければ、途端にガラクタよ。そういう意味では、所詮は醜い未完成品ね。私が求めているのは、もっと完璧で美しい、誰にも真似できないようなものを作ること・・・」

 

 なにやら目元をうっとりとさせ始めながら語り始めた教授に、カタリナは柄にもなく冷や汗を流す。こうして何かに打ち込めてその成果を上げられるというのは素晴らしいことだが、こういった代償が付きまとうというのは勘弁願いたいものだと切に思う。

 

「あ、ほら教授、建物が見えてきたわよ。あれが教授の館?」

「え、あら・・・もうついたのね」

 

 カタリナが馬車の窓から前方を指差した先には、照明が照らしているというのにもかかわらず何処か薄暗い雰囲気を持った、大きな館があった。

 

「ようこそ私の館へ。歓迎するわ」

「はぁ、それはどうも」

 

 歓迎されたくて来たわけでもないのだが、成り行き上は一応頭を下げつつ、カタリナは遠ざかっていく馬車の音を背中に、案内されるままに館の中へと入っていった。

 カタリナに先行して教授が足を踏み入れた途端、館の内部に一斉に明かりが灯る。これもまた、彼女お手製の照明なのだろう。

 一見する限りでは、それなりの財力を持った貴族の別邸と言っても可笑しくない程度の規模を誇る館だ。入ってすぐのエントランスは想像よりもずっと高貴で、きらびやか過ぎず、貧相にも見えない気品が漂っている。

 だが、そのすべてに生活の香りは微塵も感じられず、まるでイミテーションを見せられているかのような感覚に包まれるのをカタリナは感じた。

 

「この館・・・誰もいないの?」

「ええ、住んでいるのは私だけ。月に何度か、掃除のものを呼ぶけれどね。ここは外来者をもてなすだけの場所。貴女を案内したいのは、こっちよ」

 

 そういってエントランスから正面のドアを教授が押し開くと、その内部は突然空気が一変していた。

 複雑に部屋中を走り抜ける配管、微動を繰り返しながら揺れるタンク、そして一定間隔で様々な色に明暗する、用途の分かりかねるランプ。

 まるで別世界に足を踏み入れてしまったようだが、不思議とこちらのほうが手前のエントランスよりも、よほど人の生活の匂いがした。

 

「ちょっと狭いから、気をつけて頂戴」

 

 慣れた様子で配管を避けながら進んでいく教授に続き、カタリナは荷物や武具がそれらに当たらないように細心の注意を払いながら後を追う。

 そうして少し進んだ先には、粗末な木製の机と椅子が置いてある、小さな空間があった。机の上にはこれまた難解そうに何本もの直線や曲線の描かれた図が何枚も折り重なっておいてあり、その図の一枚一枚には、ところどころに小さな走り書きがいくつも見える。

 それらは自分にはいくら見ても理解できないものであろうと判断したカタリナは、どうやら近くの棚で飲み物の用意をし始めたらしい教授の背中に視線を向けた。

 

「珈琲でいいわよね?」

「あ、ありがとう・・・」

 

 すっかりこの空間に気圧されたカタリナは、言われるままに頷く。程なくして教授に手渡された珈琲をぎこちなく啜りながら、物珍しそうに周囲を見渡した。

 

「自慢だけど、ここには間違いなく、現代科学の最先端があつまっているわ。魔導科学に及ばず、生命科学、鉱物科学なども含めて、ね」

 

 木製の椅子に腰掛けながら語る教授のすぐ横には、大きな水槽の中に見たことの無い生物が漂っている。カタリナがそれに視線を向けると、教授は目を細めて笑いながら口を開いた。

 

「これはね、培養槽よ。以前入手した古文書に書かれていた同化の法、と言われる技術を元に、今一番情熱を注いでいる研究のための装置なの」

 

 何が面白いのかカタリナには全く以て理解しかねるが、教授はさぞ面白そうに言葉を続けていく。

 

「ツヴァイクからキドラントに逃亡したアルジャーノンも、元はその研究の中で生まれた存在だったのよ。あれには知能を持たせるまでは予定通りだったけれど、ツヴァイク公の注文の通りに魔物の制御能力の付与をする過程でアビスの波動を取り入れたのが、今回の事件の原因だったのでしょうね」

 

 事件の原因を作ったことに対しては何の悪びれも見せず、教授はまるで他人事のように語った。その様はカタリナを不機嫌な顔にするには十分なものであったが、しかしこの人物に対してそれを指摘してもなんら意味が無いであろうことはキドラントで既に確認済みである。故にカタリナは何を言うでもなく、憮然とした表情をするのみであった。

 

「私からそのあたりの研究云々について何か言うつもりは無いけれど・・・まさか今回私に提供したいっていう足ってのも、みょうちくりんな合成生物っていうのではないでしょうね?」

 

 もしそうなら真っ平ごめんだ、といった様子でカタリナが言うと、教授はそれでも全く気分を害した様子もなく、立ち上がった。

 

「ふふ、せっかちなのね。安心なさいな、この研究に関しては私もまだまだ研究するところがあるから、私の手を離れても問題ないものはあまり数が無いわ」

 

 そういいながら、教授は部屋のさらに奥へと歩き始め、カタリナに手招きをした。部屋の奥はさらに暗がりが続いており、これ以上に怪しい何かが眠っていそうでいやな空気が漂う。

 

「貴女に渡したいものは、こっちよ。ついてきなさい」

 

 正直もう帰りたい気持ちでいっぱいだったカタリナだが、一応見るだけは見てみようと自分に言い聞かせつつ、教授の後をついていくことにした。

 

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