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夜間の山中では幸いにして、魔物に道を阻まれることはなかった。
土地勘に優れるポールが駆け抜ける道は多少荒っぽいながらも、かなりの近道だったのだろう。二人は翌日の昼すぎには、町へとたどり着いた。
船旅直後で不眠の強行軍だったとはいえ、ここで疲れを見せている暇などない。町の入り口に馬を括りつけたカタリナは、ポールに導かれるままに町の一画にある小さな小屋へと駆け込んだ。
「ニーナ!ニーナ!」
扉を開けて中を見渡しながら叫ぶポールだったが、その中には誰の姿もない。小さいながらも小奇麗に整頓されたその小屋の中には、つい最近まで人が生活していた気配がある。だがそれにしては、妙に片付けられすぎていた。それの意味を察したくないとでもいうように、ポールはすぐさま小屋を出る。
「ポール!ポールじゃないか、今までどこに・・・」
「挨拶は後回しだ、ペーター!ニーナはどうした!」
何事かと思ったのか、町民らしき男が近くに来ていた。ポールの名を知っているということは、恐らくはポールの顔見知りなのだろう。確かに見渡す限りではピドナやツヴァイクとは比べ物にならないほど小さな町なので、住人同士は皆知り合いなのかもしれない。
「・・・・・」
ペーターと呼ばれたその男は、ポールの言葉に一瞬押し黙ってしまった。
「・・・すまん。声が荒かった。教えてくれペーター・・・ニーナはどうした?」
驚かせてしまったかと思い、ポールは声色を努めて抑えながら再度問いかけた。しかしそれにも若干の戸惑いを見せた男は、それでもやがて観念したのかおずおずと口を開いた。
「ポール・・・。ニーナちゃんは、つい最近南の洞窟に巣食った魔物へのいけにえとして町長に選ばれて、昨日・・・既に洞窟に向かってしまったよ」
「・・・・っ!」
それを聞いた途端に異常なほどに血相を変えたポールは、ペーターの襟首を掴み上げた。
「てめぇ!それを黙って見送ったのか!畜生あの爺め!!!!」
「ちょっと、ポール!今はそんなことしてる場合じゃない!・・・・ペーターさん、でいいのかしら。お願いだから、その洞窟の位置を教えて頂戴」
苦しむ男になおも掴みかかるポールを強引に引き離しながら、カタリナが口を開いた。咳き込みながら漸くポールから開放されたその男は、カタリナに向き直った。
「南の洞窟は・・・・昔俺やポールも、ニーナちゃんと一緒に遊んだ、あの洞窟だ」
体の方向はカタリナに向けながらも、しかしその言葉は、ポールに対して放たれたものだろう。それを聞いたポールは、すぐさま町の入り口へと駆け出した。
「ま、まってくれポール!今町長の家に、魔物を退治できるって人が着てるんだ!」
駆け出したポールの背中に向かって男が叫ぶと、ポールはすぐさま振り向いて戻ってきた。何かを言いかけて口を開くが、それはカタリナが制する。この調子では、ポールの口から出てくるのはまた怒声だろう。
「・・・ポール!・・・私達は状況を知らなすぎるわ。すぐ行きたいのは私も同じだけれど、ひとまずその町長の家に行きましょう。案内して」
何故か苦虫を噛み潰したような表情でこちらに振り向いたポールだったが、カタリナの目をみて若干落ち着きを取り戻したのか、深く息を一つつくと、北の方面に体を向けた。
「・・・こっちだ。きてくれ」
そういって駆け出したポールに、カタリナも続く。
その家には、すぐにたどり着いた。町の中では確かにひときわ大きな家だ。ポールは躊躇せず、その扉を勢いよく押し開いた。
「なんだお前たちは・・・!ん、なんだ・・・・・ポールか」
続いて入ったカタリナの目に飛び込んできたのは、すぐそこの居間の奥からこちらを向いている皺くちゃの顔をした老年の男性と、こちらには背を向けた格好の長い金髪の女性の姿だった。
「おい!てめぇよくもニーナを・・・・!」
またしても我を忘れて掴みかかろうとするポールを押さえ込みながら、兎に角カタリナがこの場での話を進めようと口を開いた。
「落ち着きなさい、ポール!・・・貴方がここの町長ですね?私はロアーヌの騎士、カタリナ=ラウランと申します。突然の訪問で申し訳ありませんが、兎に角南の洞窟の魔物についての今の状況を教えてください。退治できるという人が着ていると聞きましたが」
突然ポールの背後から現れたカタリナに不審な目を向ける町長だったが、先にカタリナの言葉に反応して口を開いたのは、町長の手前でこちらに背を向けていた女性だった。
「退治できると言ってもその方法があるというだけで、まだ誰がそれを実行するかは決まっていないわ」
言いながら振り向いたその女性は、明らかにこの町の住人ではないことが見て分かった。貴族とは違うが周囲とは全く趣の異なる高級な衣服を身に纏った、何処か気品がある女性だ。少なくとも、ハンターや傭兵の類ではないようだ。化粧を施しているので年齢が分かり難いが、恐らくカタリナよりは上のように思われた。
「誰がやるか・・・?それなら私たちが行くわ。それで、その方法というのは?」
突然現れて勝手に話を進めるカタリナに口を出そうと町長が一歩進みでたが、それを静止しながらその金髪の女性が続けた。
「簡単よ。これをぶちまけてあげればいいだけ」
そういって女性が手前に突き出してきたのは、こぶし大の布袋だった。カタリナがそれに眉をひそめると、女性は薄い笑いを浮かべながら言葉を続ける。
「黄燐、亜砒酸などを主成分に配合した薬物よ。南の洞窟に巣食っている魔物にはよく効くものだわ」
とりあえず女性の話を聞きながら、その布袋を受け取る。その袋を何気なく裏返してみると、そこにはでかでかとこうかかれていた。
「・・・・・・ねこいらず・・・・?」
「そう。ねこいらず」
それが何か問題でもあるのかというような女性の口ぶりに、流石のカタリナも一瞬返す言葉をなくす。
「・・・方法っていうのは、これだけ?」
「ええ、それだけ。あとはそれを実際にその魔物に振り掛けるわけだけど、そいつが巣食っている洞窟内には他の魔物も多いわ。だから、私がいけるわけじゃないの。ご覧の通り、私はか弱いから。いくのなら、頼んだわ。しっかり始末してきて頂戴」
腕を組みながら、さも当然の流れというように高慢に言ってくる女性。どうもこの手の人間は一般常識が通用しそうな相手ではないのが会話の流れから窺えたので、カタリナはその女性に構うことなく背を向けた。
「・・・いくわよ、ポール。時間がないわ」
「・・・あ、あぁ、そうだな。ついてきてくれ!」
正直なところこんな薬は目潰し程度にしかならないと思ったが、今はもうそんなことを気にしている場合ではない。無駄な時間を過ごしてしまったと思ったカタリナは、流石にポールほどではないにせよ焦りの色を濃くしながら、ポールの後を追って駆け出した。
「さっきの男の人の話だと、昨日ニーナちゃんは洞窟とやらに向かったのね。ここからその洞窟までは、どのくらいかかるの?」
「徒歩でも1時間くらいだ!馬を使おう。すぐつける!」
すぐさま町の入り口までたどり着くと、二人は再び馬に跨って走り出した。
昨日の時点で出発したとなれば、既にニーナは洞窟の中と考えて間違いないだろう。そうなると、かなり状況は不味い。その魔物が洞窟内のどこにいるのかも分からないし、そいつ以外の魔物も徘徊しているとなれば、考えたくはないが、一般人が長くそのような場所にいて無事にいられるほうが奇跡に近い。
ポールもそれは感じているのだろう。二人とも祈るような顔つきで、一心不乱に現場を目指した。
「な、んだよこれ・・・・」
洞窟の入り口と思われる場所で馬を止めたポールは、目の前の光景に思わず呟いた。彼の目の前には、洞窟の入り口があったと思われる場所に置かれた、大きな岩が鎮座していた。
「畜生、あの爺!!!!」
血相を変えたポールは、岩に両手を打ちつけながら叫んだ。恐らくこれは、魔物を封じるというよりは生贄となったニーナが逃げ出さぬように町の人間が施したものだろう。これでは人間は封じ込められても、大型になれば魔物までは止められないからだ。
「ニーナ!中にいるなら返事をしてくれ!」
そう叫びながら何度も岩を叩くが、岩はびくともせず、そして中からも何も聞こえてはこなかった。
「・・・どきなさい、ポール」
不意に、カタリナがそういった。その言葉にポールが振り返ると、そこには大剣を構えたカタリナが、今にもその剣を振りかざそうとしていたところだった。
「・・・砕けるのか?」
「・・・離れてみてなさい。出来れば馬が驚いて逃げないように、その辺の木に括りつけておいて」
カタリナの言葉に従って素直にポールが道を開くと、しかしカタリナはその位置から動かずに大剣を頭上に振り上げた。
今のカタリナの技術をもってすればこの岩を両断することも不可能ではなかろうが、それでは多少なりとも大剣を痛めることになる。なのでここは、あの時魔王殿の最深部でアラケスが従えていた巨獣に放った技で済ませることにした。
「はぁぁああ!」
掛け声と共に勢いよく地面に大剣を突き立てると、そこから発生した地走りがその延長線上にあった岩に襲い掛かり、そこにいくつもの亀裂を作り出す。そこに素早く突きを繰り出し、岩を粉砕して入り口を出現させた。
「・・・いきましょう」
「お、おう」
予想外のカタリナの技術に度肝を抜かれながらも、ポールはすぐさまカタリナの後を追って洞窟内に足を踏み入れた。
流石に洞窟内は光が届かないので、カタリナはあらかじめ荷物から取り出しておいた小さな松明に火を灯す。これは道中の夜営用に用意していたものだったが、思わぬところで役に立った。
「ニーーーーーーナ!!」
ポールの叫びが、洞窟内に木霊する。だが、それに応える声はなかった。ポールは苦虫を噛み潰したような表情をしたが、気を取り直して一歩、洞窟の奥へと踏み出した。
「・・・この洞窟はそんなに広くないし、割りと一本道に近い。いくつか小さな小部屋っぽい空間はあるが、人一人がもぐりこむので精一杯だ。だから、兎に角一番奥に行こう・・・・松明は俺が持つよ」
「・・・ええ、わかったわ」
松明をポールに手渡し、カタリナもすぐ横に平行する形で奥へと進んでいった。数歩進むたびにポールはニーナの名前を叫んだが、相変わらず返事はない。いつしかポールは声を上げることもなくなり、衝動に駆られるように奥を目指して突き進んでいった。
不思議なことに、道中では魔物に襲われることがなかった。それらしい気配はそこかしこに感じるものの、しかし息を潜めているだけでこちらに向かってくることがない。
「魔物が襲ってこない・・・どうなってんだ・・・?」
「・・・分からないわ。ただ、生贄を要求するような魔物ってことは、それなりの知性を持っているはずよ。恐らく洞窟内の魔物達は、そいつに従えられているってことなのではないのかしら・・・」
「つまりは、洞窟に入ってきた人間・・・生贄は襲わないように、ってことか・・・」
そうとなれば話は早い。ポールとカタリナは足元があまり見えないことも気にせずに、急ぎ足で奥を目指していった。
やがて、広めの空洞を進んでいったところでポールが足を止める。
「・・・あとは、この先にちょいと広い部屋があるだけだ・・・」
ポールは、そう呟いて忙しなく周囲を見渡した。だが、そこには何も見当たらない。
「ニーナ・・・・ニーナ!!いるなら返事をしてくれ!・・・・頼むから・・・」
洞窟の最深部へと向かってポールが再度叫ぶが、やはり返事はなかった。そしてその代わりに、いやに耳障りな鳴き声が聞こえてきた。
「キィ・・・・・ギギ・・・・・・」
思わず後退るポールに変わってカタリナが前に躍り出ると、次第にその鳴き声は大きくなっていった。
「キィ・・・キィ・・・ギギギィィ」
「・・・これは・・・」
松明に照らされた先の空間に目を凝らしたカタリナは、やがて見えてきたあまりに奇妙な光景に思わず言葉を失った。
そこには、吐き気をもよおすほどに大量のねずみが、重なるようにして群がっていたのだ。
「・・・魔物の正体って、これ・・・?」
すっかり毒気を抜かれたような表情になったカタリナだったが、しかし再びその表情を一層険しくした。
「ちょっとまって・・・」
カタリナは、相変わらず耳障りなその鳴き声に耳を傾けた。それは大量のねずみが出している鳴き声に間違いないが、そのねずみ達が一番群がった中央部分。そこから、明らかにねずみの鳴き声とは違う音が聞こえてきていたのだ。
それは、鳴き声にも増して耳障りな、クチャクチャという咀嚼音だった。
「・・・・!!貴様らぁぁぁああああああ!!!!!」
それが何を咀嚼する音なのかを理解したカタリナは、激昂しながら構えていた大剣を何度も地面に突き立てる。その度に発生する白虎の力を備えた強力な地走りが、蜘蛛の子を散らすようにねずみ達を切り刻み、弾き飛ばしていく。
だが、中央に群がるねずみたちは離れない。流石にそこに地走りを放つのはためらわれたカタリナは、はっと思い出したように腰のポシェットに手を伸ばした。そこには、町であの金髪の女性から受け取った、ねこいらずが入っていたのだ。
布袋の口紐を解き、形振り構わずにねずみ達が重なる部分に向かって勢いよく振りぬく。
それによって霧散した袋の中身がそこに浴びせられると、ねずみ達はひときわ大きな鳴き声を上げながら散り散りになり、やがて動きを鈍くして最後には地面で痙攣しながら止まった。
その中にはひときわ大きなねずみのような姿のものもあり、恐らくはこれがこの集団の長であって、つまるところ件の魔物だろう。
騒ぎの黒幕の幕切れは、実にあっけないものであった。
「ニ・・・ニーナ・・・?」
それまで後ろで松明を構えていただけのポールは、震えたような声を上げながら一歩前に出た。そして松明を取り落とし、ねずみ達が散っていったあとの場所に向かって弾かれたように駆け出したポールは、だがその地点にはたどり着くことが出来ずに暗闇の前に崩れ落ちた。
「・・・ニーナ!ニーナ!!ニーナァァアアアアア!!!!!」
悲痛な絶叫が、洞窟内に響き渡る。松明を失くして闇に包まれた洞窟内で、カタリナはその光景に顔を俯かせるしかなかった。
「・・・・・・ポール?」
「!!??」
突如背後から聞こえてきたその声に驚き、カタリナが素早く振り向いて剣を構える。
「わ・・・!?」
それに驚いたらしい声の主は、一歩後退る。そこで漸くこちらを振り向いたポールは、暗闇でよく見えない中、口を開いた。
「ニ、ニーナ・・・?」
「ポール・・・?ポールなの・・・?」
ポールの放心したようなその言葉にか細い響きで応えてきたのは、可愛らしい女性の声だった。
剣を構えたままの体勢で何が起こったのかわからずに固まっていたカタリナは、両手を下げながら徐々に暗闇に慣れてきた目で前方を見る。そこには、北方女性独特の可愛らしい衣装を身に纏った可憐な少女が、胸の前に片手をあてがいながら立っていた。
「あぁ・・・ポールだ・・・本当にポールだ・・・来てくれた、本当に来てくれたんだ・・・!」
そういいながらその少女はよたよたとポールに向かって歩み寄りながら、可愛らしい顔を涙でくしゃくしゃにぬらし始めた。
その瞬間、カタリナの後ろで崩れ落ちていたポールは素早く立ち上がり、カタリナの横を駆け抜けてその声の主に勢いよく抱きついた。
「ニーナ・・・ニーナ、ニーナ!!よかった・・・・無事だったのか、ニーナ・・・」
「ポール・・・く、くるしいよ・・・」
ポールの抱擁に身動きがとれずに応えるニーナだったが、しばらくポールはその抱擁を解こうとはしなかった。そんな姿を見ながら、カタリナも安堵したように一息つく。どうやら、奇跡は起こったようだった。
「・・・でも、そうなるとあいつらが噛んでいたのは・・・?」
ふと疑問に思ったカタリナが背後の、ねずみ達が折り重なっていた場所に目を凝らす。闇にまぎれていてよく見えないが、それは小振りの短剣ほどの大きさの何かだった。
「・・・それは、保存用に塩漬けされた骨付き肉です。ここにつれてこられるときに隠し持っていて・・・ねずみに襲われたときにそれを投げつけて逃げて・・・近くの穴に隠れていたんです・・・」
漸くポールの抱擁から開放されたニーナが、まだまだ尽きることを知らずに零れ落ちる涙を拭いながら、おずおずと口を開いた。
「ニーナちゃん・・・・あなたって・・・」
可憐な見た目とは裏腹に思いのほか大胆な行動をしていたニーナに目を丸くしたカタリナだったが、しかしついには堪えきれずに噴出して笑い始めた。
「ふふ・・・あははは!とりあえず・・・良かったわ、無事で・・・。さぁ、まずは早くこの薄気味悪い洞窟を出ましょう。これ以上こんなところにいるのはごめんだわ」
「あ、はい・・・ほら、ポールも・・・。ポール・・・、泣いてるの?」
カタリナの言葉に頷いたニーナがポールの顔を覗き込むと、ポールは照れたように顔を背けた。
「あぁ・・・・泣いてるよ。悪いか・・・」
「・・・うぅん、悪くなんてないよ。それに、こうして本当に助けに来てくれたんだもん・・・願いが通じたんだよね・・・。凄くうれしい・・・ありがとう、ポール」
そういって、ポールの顔を自分に向かせてそっと口付けをするニーナ。見せ付けてくれるじゃないの、と冷やかしながら口笛を吹くカタリナに、ポールは形無しだった。
「ちぇ・・・いつもと立場が逆転だな・・・」
だがまんざらでもなさそうに苦笑いしたポールは、ニーナの手をしっかりとって、一歩一歩確認するように歩き出した。
「さぁ、早いところここを出ちまおう。もう、安心だ・・・」
「・・・うん!」
歩き出した二人の後ろに控えて魔物がまた活発になり出したときのために注意を払いながらカタリナも続き、三人は洞窟を後にした。