ロマンシングサガ3 カタリナ編 第二章8

 

 

 キドラントにたどり着いた三人は、ニーナの生還を知ってまるでお祭り騒ぎのように沸き立つ町民達に総出で迎え入れられた。

 しかし大歓声と共に迎え入れられたカタリナたちだったが、三人が三人とも洞窟帰りの埃だらけでしかも昨日から寝ていない状況だったので、今日はその汚れを湯に落としてから体を休ませることになった。

 キドラントはどうやら温泉の源泉が周辺にいくつかあるらしく、それを町の中にも引っ張ってきているようだ。普段は朱鳥術の紋で沸かされた湯にしか浸かったことがないカタリナは、思わぬその体験にちょっぴり感動しながら、ニーナと共に湯に浸かることとなった。

 

「そういえば・・・まだちゃんとご挨拶していませんでした。えっと、カタリナさん・・・でいいんですよね」

 

 洞窟からの帰りの道中の少ない会話のなかで聞いた名前を、ニーナが口にした。

 

「ん、そういえばそうだったわね。私の名はカタリナ=ラウランよ。ここから南東のロアーヌ出身なの」

 

 温度もばっちりの温泉に夢見心地で浸かっていたカタリナは、そういってニーナに微笑みかける。ニーナはそれまでは若干緊張している面持ちのようだったが、そんなカタリナの笑顔を見て朗らかに笑った。

 

「私はニーナっていいます。ここやツヴァイク以外の人と会うのって私、初めてです・・・。すごく綺麗な銀髪なんですね・・・」

 

 そういいながら少し身を寄せてくるニーナ。

 カタリナもかなり色白なほうだが、ニーナはそのカタリナにも増して肌の色が透き通るように白かった。カタリナの髪の色はその肌の色素に合わせて銀髪だが、ニーナのそれは栗色でウェーブがかっている。それもまた、どこか人形みたいで可愛らしい。

 聞けば、この地域の人たちは皆こんな感じなのだという。

 それにしてはポールは随分と日に焼けていたかな、などとぼんやりカタリナが考えていると、ニーナはカタリナに向かって軽く頭を下げた。

 

「この度は命を助けていただき・・・本当にありがとうございました」

「いえ、成り行きみたいなものだったし、そんなに気にしないでいいわ。どの道ここは私も通りかかる予定だったから、ポールに案内してもらえて助かったもの」

 

 そういいながら微笑み返すと、もう一度ニーナは頭を下げた。そして、何故かその後さらに詰め寄ってくる。何事かと思いカタリナが首をかしげると、ニーナは何かもじもじとしながら視線を泳がせる。それを追ってみると、ニーナはカタリナの顔をみたり、胸部をみたりしながら何か言いたげな様子だった。

 自分とは違って優雅な女性のラインを描いているその体に少し嫉妬されているなどとは、カタリナは露ほども思いはしなかったが。

 

「どうかしたの・・・?」

 

 カタリナが問いかけると、ニーナは若干慌てたようにしながら手をパタパタとさせ、その後また目を泳がせたかと思うと、漸く口を開いた。

 

「あの・・・・カタリナさんは、ポールとはどういう関係なんでしょう・・・?」

 

 その問いかけは、カタリナからしてみると予想もしていないものであった。だが、思い切って聞いたという様子のニーナの表情は真剣そのものだ。それが妙に可笑しくて、カタリナは自然と笑顔になってしまった。

 

「関係って・・・・ふふ、ニーナちゃんが思ってるようなことは何もないわよ」

 

 そういいながら微笑み返すが、ニーナはいまいち納得しかねる様子だ。

 

「ポールとはロアーヌで知り合ってね・・・っていっても、ちょっとした世間話を交わしただけよ?その後偶然、ピドナからツヴァイクに向かう船の中で再会したの。それで私の目的地の途中にこのキドラントがあったから、道案内をお願いしたのよ」

 

 よもやポールと出会ったのが地下牢であるなどということは言わずに、当たり障りのない部分をニーナに話して聞かせる。道中の船の中でポールが目一杯働かされていたことや、ツヴァイクについてからキドラントでの魔物騒ぎを聞いてのポールの慌てようなどを話して聞かせると、ニーナは時折楽しそうに恥ずかしそうにしながら、その話に耳を傾けてくれた。

 幸いなことに、ロアーヌやそれ以前でポールがどんな様子だったかというところには突っ込まずにいてくれた。

 

「・・・そんなことがあったんですか。それじゃあ私、カタリナさんがその酒場で話を聞いていなかったら助かっていなかったかもなんですね」

「どうやらこの町にあのねずみ達を退治するための人が着ていたみたいだから案外そうでもなかったかもしれないけれど、まぁポールが助け出すのがこの場合は筋ってものでしょうし、ね」

 

 恩着せがましいいい方は好みではないのでそういいながらカタリナがウインクをすると、ニーナはまたしても恥ずかしそうに俯いた。よくまぁこんな可愛い子をポールがゲットしたものだと、カタリナは思う。

 

「えへへ・・・でも、カタリナさん凄く大人の女性って感じでお綺麗だから、ひょっとしたらポールが浮気しちゃったんじゃないかなって、一瞬思っちゃったんです」

 

 舌を出しながらニーナが笑うと、それには流石にカタリナとしては苦笑いをせずにはいられなかった。

 

「ふふ、それは私のほうがごめん・・・・って、そういっちゃニーナちゃんに失礼か。えっと、そうね・・・・」

 

 うまい返しが出来ないものかと、一瞬思案する。

 

「ポールは今回凄く格好よかったけれど、私にはね・・・・ちゃんと・・・そう、好きな人がいるのよ。だから、そのへんは安心していいわ」

 

 結局こんなことしか思いつかなかくて、言葉にしながら少し胸が痛む。

 それが嘘でないと自分でも分かっているから、なおさらだ。

 女としての身を捨て騎士となったはずの自分のこんな低俗な感情のせいでロアーヌ国宝であるマスカレイドを奪われたということは、カタリナにとっては何よりも恥じるべきことだった。

 だがそんなことはニーナには読み取られることもなかったらしく、ニーナは納得したようにまた朗らかな笑顔を見せてくれた。

 

「はい、安心しちゃいました。ポールってああ見えて結構浮気っぽいし、しばらく旅に出ていたから・・・心配だったんです」

「ああみえて・・・・ね・・・」

 

 これにも苦笑は禁じ得ない。ああ見えても何も、みたまんま浮気性っぽいような表向きだからだ。だが今回のことでポールが非常にニーナ一途なのは分かったし、随分と男らしい一面も見えたのできっとニーナにはカタリナとはまた違ったように見えているのだろう。小憎らしい男だ。

 そこでタイミングよく、少し遠くから件の男の声が聞こえてきた。

 

「おーい、二人ともいつまではいってるんだー?あんまり待たせると、そっちに迎えにいっちゃうぜー?」

「馬鹿いってんじゃないわよ!・・・・さ、ニーナちゃん、ボーイフレンドがお待ちかねみたいよ?」

 

 ポールのまねをして肩をすくめながらそういうと、ニーナはそんな仕草にクスリと笑いを漏らしながら立ち上がった。

 

「そうみたいですね。じゃあ、いきましょうカタリナさん」

「ええ、そうしましょうか」

 

 そういってカタリナも立ち上がり、湯から上がって用意されていた毛糸のタオルに身を包んだ。

 

 

 

 

 温泉を上がったカタリナは宿をとって休むつもりだったが、ニーナのたっての希望でこの日はニーナの家にお邪魔させていただくこととなった。

 通りを歩いていると町中の人から声をかけられ、感謝の言葉を浴びせかけられる。もちろんそれに対して悪い気はしないが、こうも町人総出で謝辞を述べられると、流石に恥ずかしいものだ。

 そそくさとニーナの後について、町の広場を後にする。

 陽はまだ完全に沈んだわけではないが、夜通しでキドラントまで向かってきた二人と同じく夜通し洞窟内で恐怖に震えていたニーナは、今からだろうとばっちり朝まで寝れる自信があった。

 

「俺は・・・実家に顔を出してくる。ニーナ、カタリナさんをよろしくな」

「うん、明日ね!」

 

 途中まで付き従っていたポールはそういって別れを告げて町の中央に引き返していき、ニーナとカタリナはニーナが住んでいるという小屋の中に入っていく。

 

「・・・もう戻ってこれないかなって思っていたから、結構片付けちゃったんです。お陰でカタリナさんを迎え入れても問題ないくらいの状態になってて良かったかな?」

 

 おどけた様子で、ニーナが小屋の中に招き入れてくれた。実は昼ごろに一度拝見させてもらっていたわけだが、そのことは言わずに改めて部屋の中を見渡す。

 

「ニーナちゃんは、一人でここに住んでいるの?」

「はい・・・両親は私がまだ小さかったころに、死蝕の影響で他界してしまいました」

 

 ニーナのそんな反応に、カタリナは申し訳なさそうに謝りながら首をもたげた。すると、ニーナは慌ててカタリナに頭を上げるように言う。

 

「そんな、別に私はもうなんとも思っていませんし、大丈夫ですよ・・・!町の皆が優しくしてくれたし、小さいころからポールが守ってくれたから、私はすごく幸せ者です」

 

 そういいながら微笑むニーナを、カタリナは感心したように見つめる。洞窟内で魔物をやり過ごした機転といい、こうして一人で住むことも辞さない強さといい、見た目の可憐さよりもずっと気丈な娘だった。

 どこかその気丈さが国に残してきたモニカを彷彿とさせて、カタリナは少し悲しそうに微笑む。

 ポールから聞き及んだあの話も、きっとモニカは敬愛するミカエルの判断を尊重して二つ返事で受けたのだろうと、今なら思う。彼女が持つその、気丈さでもって。

 

「ベッドは一つですけれど・・・・その、サイズはダブルなので狭くないと思いますからそれでいいですか?」

 

 物思いに耽っているところにニーナが控えめな様子で聞いてきたので、向き直りながら思考を切り替えつつカタリナは快く頷いた。

 ここは、何故一人暮らしであるはずのこの小屋にあるのがダブルベッドであるのかは聞かないで置いたほうがいいだろう。

 食事もそこそこに早速布団にもぐりこんだ二人は、流石にこの二日は急なことがありすぎて疲れていたようだった。

 安心しきった様子のニーナがすぐに可愛らしい寝息を立て始めると、それに倣ってカタリナの意識も間もなく暗転していった。

 

 

 

 窓から差し込む陽光が顔に当たり、カタリナはうっすらと目を開けた。流石に夢を見ることすらなく、ぐっすりと朝まで寝ていたようだ。気だるい気分は抜けないが、身を起こそうとする。

 

「ん・・・」

 

 途端に、上の肌着を引っ張られた。何事かと思いその部分を見ると、自分の肌着の一部を掴んだニーナが身を摺り寄せながら未だに可愛らしい寝息を立てていたのだった。

 気丈であっても、やはりそこは年相応の少女だ。ここ数日の彼女の状況を思えば、相当に心身の疲れは溜まっていたのだろう。まだ、寝かせておいてあげたい。

 そっとニーナの手を解くと、ゆっくりと布団から這い出た。北の地の思わぬ朝の冷え込みに少し身震いしながら、そそくさと上着を着込む。

 そこで、小屋をノックする音が聞こえてきた。

 それに気がついて、ニーナも目覚めたようだ。だが彼女は就寝着のままなので、どうせポールか誰かだろうと思ったカタリナはニーナにはそのままでいるように言って、自分が出ることにした。

 小屋の扉を開けると、そこには予想に反して、見知らぬ男性が立っていた。恐らくは町の男性だろう。

 

「何か御用でしょうか?」

「昨日魔物を退治してくださったカタリナさんですね。町長が是非ともお会いしたいとの事ですので、朝早くに恐れ入りますが、ご用意できましたらついて来ていただけませんか?」

 

 カタリナが若干不審そうに声を上げると、その町人はさも当然というようにそれだけを言うと、小屋から離れた。

 昨日とは打って変わってやたら無機質なその態度に多少閉口しながらも、ぽりぽりと頭をかいたカタリナはその男についていくことにする。こちらとしてもあの町長には一言二言言ってやりたいことはあるのだ。

 

「カタリナさん・・・」

 

 布団から上半身だけを起き上がらせて、ニーナが若干不安そうな声を上げる。それに振り向いたカタリナは、大丈夫よと言いながら微笑んだ。素早く服装を整えたカタリナは、静かに小屋を出て行く。

 外では、ポールもその男に付き従っていた。この男も朝早くに起こされたというわけだろうか。

 

「あら、おはようポール」

「おう、カタリナさんおはよう・・・・朝っぱらからすまないな、ウチの爺がどうしてもっつーんでな・・・」

「ウチの爺・・・・?」

 

 何処か引っかかるポールのいい方だったが、まずは二人について町長の家に赴くことにした。

 

 

 

 程なくしてたどり着いた大きな家の中に入ると、通された居間には町長と、昨日も見かけた金髪の女性の二人がそこにいた。

 ぺこりとカタリナが頭を下げると、町長は近くのソファーに座るように促してくる。それに従ってカタリナが腰を下ろすが、ポールはといえば立って部屋の壁に背を持たれかけさせるだけだ。

 その様子を見ても町長は何も言わず、次にカタリナへと顔を向けてからゆっくりと口を開いた。

 

「まずは、キドラント町長として町を代表し、そなたに礼を言わせてもらいたい。この町に巣食った脅威を駆逐してくれたことを、本当に感謝している」

 

 変わらずゆっくりとした動作で頭を下げる町長だったが、カタリナはその謝辞を素直に受け入れる気にはなれなかった。

 

「人として、当たり前のことをしたまでです。如何な理由であるにせよ、生贄なんて馬鹿げたものを見過ごすわけにはいきませんから」

 

 少しトゲが見え隠れするような口調だとは自分でも思ったが、構わずそう口にした。それを聞いても僅かも動じないこの男を実に厚顔だと思いながらも、次の言葉を待つ。

 だが予想に反して、口を開いたのは町長ではなくその脇に控える金髪の女性だった。

 

「私からもお礼を言わせてもらうわ。アルジャーノンを仕留めてくれて、ありがとう」

「アルジャーノン・・・?」

 

 女性が発したその聞きなれない単語に、カタリナが反応する。すると女性は一歩前へと歩みだし、腕を組みながら話し始めた。

 

「ええ。洞窟にいたのはねずみだったでしょう?あれは、アルジャーノンという名前の生物兵器。人に匹敵する類稀な知性を持ち、アビスの波動を用いて周囲の魔物を従えることを可能とした天才ねずみっていうところ」

「生物・・・兵器ですって・・・・?」

 

 女性の口から出てきたあまりに突拍子のない内容に、カタリナは目を丸くした。その反応をやおら楽しむように、女性が後を続ける。

 

「そう、生物兵器。ツヴァイク公からの依頼で、天才であるこの私が作り出したものよ」

「なんですって!!??」

 

 こともなげに言い放つその女性に、カタリナは思わずソファーから立ち上がった。目の前のこの女は、一体何をいっているのか解っているのだろうか。

 

「あのねずみは、失敗作。知性を持たせるまでは良かったけれど、ツヴァイク公の元から逃げてしまったから。だからあれが公になる前に仕留めてくれたことには、本当に感謝しているのよ」

 

 ここで失敗の下りをいうときに、女性の表情にすこし影が走る。だがそれは明らかに、今回の騒ぎで人の命が危ぶまれたことに対してではないようだった。

 

「・・・貴女、何を言っているの?その貴女が作った生物兵器とやらのせいで、人が一人犠牲になるところだったのよ?もっと他に・・・いい方があるでしょう!」

 

 あまりのその態度に思わず激昂した様子のカタリナは、掴みかかりこそしないが圧倒的な威圧感でもって女性をにらみつけた。思わず脇に控えていた案内の男のほうが後退るほどだ。

 だがその女性はなんらそれにも臆することなく、肩をすくめるだけだった。

 

「だからこうしてわざわざこの私が、後始末をするために遥々この辺鄙なところまで足を運んだのよ」

 

 続けて放たれたそのあまりの言い草に、さしものカタリナもこの女性に掴みかかってやろうかと思ったとき。

 それを制するように低く重い声が二人の間にかかった。

 

「すまないな、この方は常にこのような方でおられるのだ」

 

 口を開いた町長は、そういってゆっくりと立ち上がる。ひとまずそちらに顔を向けたカタリナは、怒り冷めやらぬ様子で次の言葉を待った。

 

「この場でそなたと言い争いをするつもりはないし、ただ純粋にワシはそなたに感謝しておるのだ。この町を、ニーナを救ってくれたことを感謝する」

「はっ・・・なにが、ニーナを救ってくれて、だ!」

 

 そこで声を上げたのは、それまで無言で壁に寄りかかっていたポールだった。町長が目を細めながらそちらを向くと、ポールは壁から身を離してカタリナのすぐ隣りまで歩いてきた。

 

「話を聞けば、ニーナを生贄に選んだのは爺、てめぇだそうじゃねえか!しかも町の皆を使って、洞窟の入り口に岩を置いて塞ぎやがったろう!今更んなこと言って、白々しいにも程があんだよ!!」

 

 怒りをあらわにして怒鳴るポールの言葉を聞きながら、町長は黙っている。息を荒げたポールが続けて何かを言おうと口を開いたとき、そこで後ろの扉が開いた音でポールの言葉は遮られた。

 

「・・・違うよ、ポール。町長さんじゃない。・・・生贄には、私が自分から立候補したんだよ。怖くなって逃げ出さないようにしてほしいっていったのも、私だよ」

 

 ポールが動きを止め、背後を見やる。そこには、昨日と変わらず可憐な佇まいのニーナが背筋を精一杯伸ばして立っていた。町長も、多少目を見開きながらニーナを見つめている。

 

「なん・・・だって?」

 

 突然のニーナのその登場と告白に、ポールは鳩が豆鉄砲を食らったとでもいうような表情で固まってしまった。

 その横を通り過ぎて、ニーナがポールと町長の間に移動する。

 

「多分ポールが聞いた話は、町長が自分で言いふらしたこと。町の皆が悲しむより、自分が憎まれるほうがいいって町長は考えたんだと思うの」

 

 そういいながらニーナが町長を軽く睨むと、町長は否定も肯定もすることなく、相変わらずの仏頂面でそれを見返すだけだった。

 

「町長はね、今回のことで凄く悩んでいたの。あの洞窟はボルグ鉄鉱の近くだからこの町の主軸産業である鉄の採掘が滞ってしまうし、かといって要求に応じて町民から生贄なんて出せるわけがない、って」

 

 少し悲しそうに笑いながら、ニーナはポールに向き直って両手を前に組んだ。

 

「だからね・・・私がいくっていったの。町の皆はちゃんといろんな仕事をしているけれど、私は別になにをしているわけでもないし・・・それなのに、両親を失くした私を、今まで町の皆は凄く大切に育ててくれたわ。だから、私はこんなときくらい・・・みんなの役に立ちたかったの」

「な・・・・何を言っているんだよ、ニーナ・・・?」

 

 ポールが一歩近寄るが、それ以上は近寄らないでとニーナが仕草で示す。途端にポールは萎れたようにその場にうなだれた。

 

「それでも、それでもね・・・!町長さんは頑なに悩んでくれたの!そんなことは駄目だって言ってくれて、討伐隊をツヴァイク公に要請してくれたの!」

 

 悲痛にも聞こえるニーナの告白を聞きながら、すっかりポールは喋る言葉をなくしてしまっていた。

 

「でもね、ツヴァイクの官僚はすぐにはそれには応じられないって言ってきたの。隊の編成には時間がかかる、って。一月はかかるって言われたの・・・!そんな長い間何も出来ないでいたら、この町は完全に行き場をなくしちゃうんだよ・・・!」

「ニーナ、もう良い・・・・」

「よくない!」

 

 町長がニーナに語りかけるが、ニーナは喋ることを止めようとはしなかった。普段はニーナがそんな大声を出すことはないのだろう。町長もそれには驚いた様子で、口をつぐんだ。

 

「・・・だからね、ポール。私がもう一度町長に言ったの。私を行かせてください、って。魔物はね、生贄を定期的に出せば町の産業の邪魔はしないっていってきてた。だから、私が行けば・・・次に魔物が生贄を要求してくるころにはきっとツヴァイクの討伐隊が来てくれたはずなの」

 

 そういって彼女はもう一度、悲しげに微笑んだ。その決断を下したときの彼女の心境はどれほどのものであったろうか。それを受けた町長の心持ちはどれほどのものであったろうか。

 その場にいることがなかったポールには、これ以上何もいえることはなかった。そんなニーナの告白を境に、一瞬その場が静まり返る。

 

「それは、どうかしら」

 

 そんな沈黙を破ったのは、それまでつまらなそうに長い金髪をいじっていた町長の隣りに立つ女性であった。その場の皆が振り向くと、その女性は目を細めて笑いながら言った。

 

「ツヴァイク公とは古い馴染みでよく知っているから思うけれど、あの人がそれに応じたとは思えないわ。精々あの人が考え付くことなんて、そのまましばらくしてキドラントの生産機能が停止して町が散り散りになってから意気揚々と鉱脈を制圧して、完全な自国産業として組み込む・・・ってところじゃないかしら。そういう計算には、かなり長けた人よ」

 

 金髪の女性のその言葉に、その場の皆が押し黙った。女性は変わらぬ姿勢で、そんな様子の周囲の人間を眺めている。

 ツヴァイク公については稀代の策略家にして娯楽狂いであるという話はカタリナも聞き及んだことがあったが、それ以上にまさかそれほど人道に反する気質の持ち主であったとは。流石にこれには閉口せざるを得ない。

 

「・・・それで、教授自らがこの地に赴いてくれたというわけであったか。これはなおのこと、礼を述べなければならん」

 

 町長が最初に口を開いて頭を下げると、教授と呼ばれたその女性はふんと鼻を鳴らした。

 

「別に、私としてはこの町の安否が気になるわけではないわ。ただ、私も研究に鉄材は必要不可欠なの。確かに私のパトロンはツヴァイク公だから鉱脈をツヴァイク公が所有しても調達に不便はないけれど、あれは強欲だから。鉄をキドラント経由で調達できないとなれば、私に余計な仕事を今まで以上に回してくるのが目に見えているわ。それは勘弁してほしかっただけよ」

 

 それに、と付け加えながら教授は、何故かカタリナとポールのほうへと視線を投げかけた。

 

「礼を述べるべき勇者様はあくまでも私じゃなくて、彼女たちではなくて?」

 

 教授のその言葉に、ニーナも続いた。

 

「うん・・・私は、怖かったし死ぬことも覚悟してたけれど、きっと、きっとポールが助けに来てくれるんだって信じていたんだよ・・・・!だから最後の悪足掻きで骨付き肉を隠し持って、少しでも時間を稼ごうとしたの・・・」

 

 あの瞬間の光景を思い出しているのだろうか、ニーナはとてもうれしそうに微笑みながら、ポールに語りかけた。

 

「だから、本当に助けに来てくれたときは、すごくすごくうれしかった。願いが届いて、奇跡は起こったんだ、って思った」

「ニーナ・・・・すまなかった・・・一番大変なときに俺が傍にいれなくて・・・」

 

 うなだれるポールの手をとって、元気付けるようにニーナが笑顔を振りまく。

 

「なにいってるの、ポール。ああして、貴方は私を助けに来てくれたじゃない。凄くうれしかったんだよ!・・・それに事情は今私が言ったとおりだから、どうか町長を・・・自分のお爺様をこれ以上傷つけるようなことは言わないで」

 

 ぎょっとした様子でポールを見たのは、誰あろうカタリナだ。どうもここまでの流れで若干怪しいとは思っていたが、まさか本当にこの男が町長の孫であったとは。

 

「あ、あぁ・・・・。ごめん、じいちゃん。何も知らねぇで外に居たくせに酷いこと言っちまって・・・」

「・・・ふん、わしはなんとも思っておらんわ」

 

 随分と偏屈なお爺様のようだ。祖父がこんな性格だからきっと単純なポールはこの町を飛び出したのかもしれないな、などとわき道に思いをはせるカタリナ。

 そこに、町長から声がかけられた。

 

「とにかく、カタリナ殿でよかったか・・・そなたには本当に迷惑をかけた。今一度この町の皆を代表して、礼を述べさせていただく。些細ではあるが、外で町の皆が宴を催しておる。皆もまだまだ礼を言い足りないようじゃ。しばし体を休んでいかれるがよかろう」

 

 そういいながら町長が窓の外に視線を向けると、朝っぱらだというのに町の中央広場には多くの人が集まり、火をたいて宴の準備を始めていた。

 

「私は折角ここまできたのだし、周辺でいい研究材料がないか探索させてもらうわ。町長、案内人を頂戴な」

「・・・ポール、お付き合いして差し上げろ」

「げぇ、何で俺なんだよ!?」

 

 祖父の言いつけに抗議の声を上げたポールだったが、彼としても今回の一件はかなり気まずいのだろう。その後二言三言文句を垂れた後、素直に従うことにしたようだ。

 

「ポール、あとでちゃんと広場にきてね!カタリナさんと待っているから!」

「あぁ、俺が戻るまで、二人とも酔いつぶれんなよ!」

 

 そういうと、ポールは教授に催促されていそいそと家を出て行った。

 

「さぁ、私たちは広場にいきましょう、カタリナさん!」

「えぇ、そうしましょうか」

 

 どうやらこれにて一件落着のようだ。最後に思わぬ展開があったものの、カタリナもまずはニーナに誘われるままに広場に向かおうと足を向け、そしてふと思い至り、立ち止まってから背後の町長に向き直った。

 町長がそれをみて、相変わらずの仏頂面で向き直る。

 

「この度は私も失礼な発言を申し上げたこと、お詫び申し上げます。事情を知りえなかったとはいえ、大変な失礼を致しました。どうかお許しください」

 

 床に片膝をつき、頭を下げる。その様子をみた町長は、ぴくりとも微笑まずに皺だらけの鉄面皮で応えた。

 

「そのようなことを申すな、カタリナ殿。ワシは純粋に感謝しておる。それに、久しぶりに孫の阿呆面を拝めたのも、きっとそなたのもたらした巡り合わせなのだろう。これもあわせて、礼をいわせてもらう」

 

 そういって頭を軽く下げる町長を見上げながら、カタリナはクスリと笑った。なんとも素直でないお爺様だ。あまり言葉を発せずに行動で示したがるところに、ロアーヌ先代侯フランツの姿が重なる。そこで転じ、ミカエル達は今頃どうしているのだろうかと、望郷の念に駆られた。

 

「カタリナさん!早くいきましょう!」

 

 待ちきれなくなったのか、ニーナが家の扉から覗き込んできた。

 そこで頭の中のもやもやを振り払ったカタリナは、再度町長に軽く頭を下げた後、ニーナに引き連れられて町民がまつ広場へと足を向けていった。

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、教授さんよ・・・・少し聞きたいんだけどいいかな」

 

 植物の調査をしたいと言い出した教授を連れて近くの草原まで足を伸ばしたポールは、しゃがみ込んで地面とにらめっこをしている教授に話しかけた。

 

「だめといっても聞くのでしょう?」

 

 対する教授は目線を地面から外すこともなく、背中のポールに応えた。その態度に多少むっとするポールだったが、まぁ話を聞いてくれるようなので気にせず続けることにする。

 

「俺も個人的に地元関連でツヴァイクの情報は集めていたから、ツヴァイクの西の森に住むという天才教授が様々な兵器開発を依頼されている、ってのは聞いたことがあるんだ」

 

 そこまで言うと、ポールは少し苦々しげにここまでの出来事を反芻する。まさかそれが故郷の町にまで被害を及ぼすことになろうとは思いもしなかったのだろう。

 

「今後もこの町に脅威となりそうな可能性がある研究を依頼されていないかどうか、かしら?」

 

 立ち上がった教授が、振り返りながら聞いてくる。ポールはその質問に憮然とした表情をした。図星なのだろう。

 

「結論から言えば、ないとは言い切れないわ。私が依頼されているのは兵器だから、それがどんな形でどこに影響が出てこようと、それは破壊を伴うものでしょうからね」

 

 さも当然というように言い放つ目の前の彼女に、ポールは半ば呆れたような表情を向けた。

 

「あんた、それでなんとも思わないのかよ・・・・?」

 

 憤慨したようなポールの抗議に、しかし教授は鼻で笑って返すだけだった。さらに二言三言文句を言いたい衝動に駆られるポールだったが、しかしそれは止めておく。自らの祖父が言っていたように、この女性はこういう人間なのだろう。だとすれば、それに何を言っても無駄だろうからだ。

 

「・・・まぁ、質問をかえるよ。ツヴァイク公は、そんなに兵器開発をさせてどうするつもりなんだ?他領地へ侵攻でもしようっていうのか・・・?」

 

 それもまた、当然の疑問だった。北の地に敵無しとされる大国ツヴァイクが、何故ここまで兵器の開発などをしているのか。それがどうにも気になったのだ。そして、自分が最後に付け加えたような理由ではないように、ポールは感じていた。

 その根拠は、何故特殊な兵器の開発だけをしているのか、というところである。単純な軍備の補強ならば、徴兵と武具製造を優先させるだろう。

 だが、ポールがここ最近までで集めていた限りでは最近の情勢でもツヴァイク公がそういった政策を行なったという話はない。

 加えて単に兵器開発ならまだしも、何故特殊兵器だけを開発しているのか、全く合点がいかないのだった。

 

「貴方は、ツヴァイク公をどんな人物だと思っているのかしら?」

 

 教授が逆に尋ねてくる。怪訝な顔をするポールだったが、多少思案した後に、自らが知る限りの情報からツヴァイク公という人物を口に出した。

 

「娯楽狂い、だな。それも、救いようがないほどに真性の。自分が楽しいと思うこと、快楽を追い求めるってタイプの人間。一代で公爵位を掻っ攫った手腕はお見事だが、それでも明らかに領主に向く人間じゃない、ってのは断言できるな」

「そうね、私もそう思うわ」

 

 あっさりと肯定され、ポールは肩透かしを食らったような気分になる。打って変わってポールのいいように満足したように頷いた教授は、腕を組みなおしながら口を開いた。

 

「つまり・・・今彼には、追い求めているものがあるって言うことよ。そのために彼が必要だと判断したのが、私の作る兵器ということね。はた迷惑な話だけど、ね。パトロンだから文句もいえないわ」

「追い求めているもの・・・・?それは一体・・・・?」

「聖王杯。聖王の血が注がれたといわれる、聖王遺物の中でもかなり特殊な代物よ」

 

 教授が言うが、ポールにはいまいちそれの凄さは分からないでいた。確かに聖王所縁の品である聖王遺物は、かなりの歴史価値がある代物だ。だが、それがツヴァイク公の欲しがる理由と結びつかない。

 

「聖王遺物って言うのにはね、それぞれに特殊な力が備わっているといわれているわ。有名なものでいえば、ロアーヌに伝わる聖剣マスカレイドや、ピドナにある聖王の槍などね」

「つまりツヴァイク公は、その聖王杯の持つ何らかの特殊な力を欲している、ってことなのか」

 

 ポールが言うと、教授はゆっくりと頷いた。そして、傾き始めた太陽とは逆の、東方向へと目線を走らせる。

 

「そしてその聖王杯は、ポドールイにあるわ」

「ポドールイ・・・って、あのレオニード伯爵の領地か」

 

 ロアーヌの北、そしてツヴァイクの東に位置するポドールイは、世界地図では最北東に位置する地域だ。一年のうちのほとんどが雪に包まれたその土地には、レオニードという名の伯爵が居城を構え、住んでいる。

 

「そう・・・あの、ヴァンパイア伯爵の治める土地よ」

 

 さも面白そうに、教授が微笑んだ。それの何が面白いのかはポールには分かりかねるが、教授は上機嫌に続ける。

 

「聖王生誕以前より生きているとすら言われ、四魔貴族や、果ては魔王との面識もあるなんて噂もあるあのレオニード伯爵。彼の元に、聖王杯があるといわれているわ」

「・・・・なるほどな。夜の王は死霊を操る。そこに生ける軍勢などは意味もなく、必要なのはそれを凌駕する特殊兵器、というわけか」

 

 教授の言葉にポールが続けると、教授は満足そうに頷いた。

 

「田舎の町の出身にしては理解が早いじゃない。気に入ったわよ」

 

 妖艶に微笑む教授に、ポールは大いに肩をすくめた。

 

「美人に褒められるのは嫌いじゃないが、どうもあんただけは好きになれそうにねぇな」

 

 本気でそう思うポールだったが、教授はさも冗談を言うのがうまい、とでもいうような表情でこちらを見ている。基本的に自分とは考え方そのものが違う人間なのだろうな、と思うことにした。

 

「・・・で、聖王杯には一体どんな特殊な力があるっていうんだ・・・?」

 

 肝心なのはそこだ。ツヴァイク公が何故それを追い求めるのか。それが分からなければ、この兵器開発の根源が分からない。

 教授は少し考えるように形のいい唇に指を当てて考える仕草をした後、ポールを正面から見据えながら口をひらいた。

 

「知らないわ」

 

 気が遠くなるポール。この目の前の女は、先ほどから自分をおちょくっているのだろうか。そんな疑心暗鬼に襲われる。だが当の本人は至極真面目にいっているのだろう。

 

「でもまぁ、少なくともツヴァイク公の興味を引くだけの何かが聖王杯にはあって、それをヴァンパイア伯爵から奪うために私の知識を欲しているというわけね。こんなところで、満足いただけたかしら?」

「あぁ・・・。なんだかんだでいろいろ質問に答えてくれて、さんきゅーな、教授さん」

 

 ポールが頭を下げると、教授は何故礼を言われるのか分からない、とでもいうような表情をした。

 

「あら、こうして調査のお供をしてもらってるだから、これくらいはしないと気持ち悪いでしょう?」

「・・・・そういうもんか?」

 

 妙なところで義理堅い性格のようだ。

 そうしているうちに大体の調査も終わったようで、教授は戻ろうと言い出した。ポールとしても早いところ町に戻って酒にありつきたいところなので、この提案は大歓迎だ。

 そうしてキドラントへの道を歩いて戻りながら、ポールは一人思案していた。

 

(・・・・聖王遺物、か。それのしっかりした真相が暴けないと、これからもこの町が危険に晒される可能性は、否定できないのか・・・・?)

 

前へ

第二章・目次