ロマンシングサガ3 カタリナ編 第二章5

 

 

「モニカ様が結婚ですって!!??」

 

 ポールの口から出てきたその驚愕の話題に、カタリナはまず絶句した。次いで思わずポールの襟首をつかみ上げて席から立ち上がりつつ、絶叫した。一瞬にして周囲の食事客たちの視線がカタリナとポールに注がれる。

 流石に気まずさを感じてポールの襟首を離したカタリナは、おとなしく席に座りなおした。

 

「げほ、げほ・・・そ、そんな驚かなくても・・・」

 

 危うく殺されるところだったポールは咳き込みながら、話を続けた。

 

「そう驚くようなことでもないんじゃないか・・・?モニカ様のお年を考えたら、むしろ遅いくらいなんじゃないかと思うぜ」

 

 思わず叫んでしまったが、確かにポールの言うとおりでもある。ロアーヌでも貴族令嬢の婚約などは十代半ばには既に決定してしまっていることが殆どだ。婚儀にしても、そのあたりで行なわれることすらある。そこにおいて、モニカはそういった話を聞かぬままに既に十九歳なのである。自分は騎士の道に進んだが故にそのような話とは無縁であったが、たしかにモニカにはあってしかるべき話ではあるのだ。

 もちろん、今までにそういった話がなかったわけではない。カタリナがモニカの侍女となってからも、幾度も婚約の話は持ち上がった。だがそういった話を本来取り決める立場にあった先代ロアーヌ侯爵のフランツは基本的にモニカの意見を尊重し、モニカはそうして降りかかってきた話には尽く首を縦には振らなかったのだ。

 

「・・・そ、それで・・・モニカ様のお相手というのは、どこの誰なのよ」

 

 いまだ動揺を隠し切れない様子のカタリナは、おずおずと小声でポールに尋ねた。

 

「それがな・・・・」

 

 そこで、何故か言い淀むポール。カタリナが不審そうな顔を向けると、ポールは何故か申し訳なさそうに口を開いた。

 

「聞いた話じゃあ・・・・ツヴァイク公の御曹司、だそうだ」

「な・・・なんですって!!!!???」

 

 今度こそ大絶叫を上げながら、しかし最早周囲の食事客の視線など気にする余裕もない様子のカタリナはテーブルを手のひらで叩きつけながら立ち上がった。

 

「ば・・・馬鹿いうんじゃないわよ!ツヴァイク公の御曹司なんていったら、あの娯楽狂いのツヴァイク公に輪をかけて阿呆で有名な能無し小僧じゃないの!!」

「わ、わー!!落ち着けよ!!」

 

 見かねたポールが、カタリナの肩を掴んで無理やり席に着かせた。しかし興奮冷めやらぬ状態のカタリナは、いきり立った様子でポールに掴みかからんとする勢いだ。流石に声量とトーンは落としたものの、かなりドスの効いた声で続けた。

 

「何故そんなのとモニカ様が・・・!ポール、それは確かなの・・・?冗談だっていったら、その首刎ね飛ばすわよ・・・!」

 

 かなり本気の目つきで脅すカタリナだが、しかしその心境としては冗談だと言ってほしいのだった。

 ツヴァイク公とはこれからカタリナ達が船でたどり着く地の領主であるが、その治世はお世辞にも褒められたものではないらしい。過去は一代で勢力を広げて形骸化していた公爵位をすら買い上げた切れ者という評判だったものの、今のツヴァイク公は大そうな娯楽狂いだそうで、現在は闘技専用のコロシアムを首都ツヴァイクに建設し、そこで捕らえた奴隷を戦わせては観戦に耽っているそうだ。

 そして件のその公爵の息子とは、無能・傲慢・ボンボンと見事に三拍子揃った駄目貴族のお手本のような人物というのが専らの噂なのだ。そんなのとモニカが結婚するなど、恐ろしくてカタリナには考えることも出来なかった。

 

「ふぅ・・・ちょっとは考えてくれよ、カタリナさん。この船、ツヴァイクへ向かってんだぞ。関係者が乗っててもおかしくないんだ。そこに大声で領主非難なんてしたら、それこそ下船した瞬間お縄だぜ・・・俺はもう一度地下牢なんかごめんだ」

 

 冷や汗をかきながら、ポールがたしなめる。確かにその通りであるのでそこはカタリナも反省するところだが、しかしそうはいっても気は収まるものではなかった。

 

「まぁ残念だが・・・信用できる筋からの情報だよ。近々正式な発表と共に、モニカ様はツヴァイクへと嫁ぐらしい・・・」

 

 ポールも心境としては、カタリナに近いものなのだろう。微妙な表情をしながら語った。

 

「・・・・それは・・・・ミカエル様が決めたのかしら・・・」

 

 ポツリと、カタリナが呟く。それにポールが反応して顔を上げると、カタリナはもう一度呟いた。

 

「その婚儀は、ミカエル様がお決めになったのかしら・・・?」

 

 すこし悲しげな表情をしながら、カタリナが繰り返す。だがこれは、聞くまでもないことだろう。モニカはそれこそ今まで以上に、こんな話に同意するとは思えない。そうなれば今この手の話題の決定権を持っているのは、モニカの兄にして侯爵であるミカエル以外にはないのだから。

 

「・・・だろうな」

 

 それはカタリナ自身にも、よくよく分かっているのだろう。それをポールも理解したので、同じく消沈したような声で答えるしかなかった。

 

「・・・だが、まるっきり部外者の俺が言うのもあれだが、ミカエル候のお気持ちも分からんでもない」

 

 ポールが続けたその言葉に、カタリナはむっとしたような視線を向けた。お前などに何が分かる、と言いたげな視線だ。だがポールはその視線を真正面から受け止めると、ゆっくりと口を開いた。

 

「・・・そもそも大前提として、ミカエル候が全てにおいて乗り気だなんて考えられない。それは、カタリナさんが抱く感想からみても明らかだろ・・?そして相手は自分よりも爵位として上の立場であり、能力では劣る人間。つまり、ミカエル候から切り出した話などではないはずだと思う」

 

 ポールのその第一声には、カタリナは全力で頷いた。そんなことはあるわけがない、あっていいわけがないことだからだ。

 

「・・・だからこの話は、ツヴァイク公から言ってきたものだろう。そして、今はこの爵位の意味合いがそこまで大きなものとは思わないが、聖王様の時代より定められたこの制度に従えば、公の言葉は候としては無視するわけにはいかないだろう」

 

 それも、確かに理解は出来る。世界の中心たるメッサーナ王国を頂点とし、世界各地には爵位を持った家系が複数存在する。その最たるものがツヴァイク公家であり、そしてロアーヌ候家であるのだ。あとはポドールイに住むレオニード伯も、それにあたる。

 

「でも・・・」

 

 しかしそれを理解したうえでも、カタリナは納得することは出来なかった。妹思いのミカエルがこのような話を受けるとは、それでも思えないのだ。

 

「そこで他に考えられる要因ってのは、この世界の情勢の変化、じゃねぇかな」

「情勢の変化・・・・?」

 

 ポールの口からでたその意外な単語に、カタリナは整った眉を不審そうにひそめた。

 

「・・・カタリナさんだって感じているだろ?死蝕以降、どんどん世界環境は悪化の一途さ。ロアーヌなんてそれこそ、すぐ近くにアビスの頂点に君臨する四魔貴族の一人の砦があるって始末だ。それを考えれば、これから先は国力なんていくらあっても足りないってもんだろう」

 

 ポールはそこまで話すと、手にした麦酒を一口啜って先を続けた。

 

「いわゆる政略結婚として見れば、これは大きくロアーヌの国力を増やすことになるネタだ。何せお相手は、北を支配する大国ツヴァイクだからな。その次期領主となる人物と血縁を結べるとなれば、これはロアーヌっつー国にとって凄く大きな話じゃねえかな。このあたりを見れば野心家で有名なお宅のミカエル様なら、蹴るような話じゃあねえと思う」

 

 ポールのそのいい方には大いに引っかかる部分を感じたが、確かにそれはカタリナにだって理解することはできた。だがまだ納得できない表情を見せるカタリナに、ポールは軽くため息をつきながら言った。

 

「それに、な。俺なんかここまでいうもんじゃあないとも思うが・・・これはモニカ様のためでもあるんじゃないかな?」

「モニカ様の・・・・ためですって・・・!?」

 

 流石にこれには怒りをあらわにしたカタリナ。いつまた叫びながらポールの胸倉を掴み上げてもおかしくないという空気を滲ませるが、だがポールはそれを制した。

 

「本来モニカ様を守るはずのカタリナさんがここにいるのも、その原因の一つじゃないのか?」

 

 ポールのその言葉にはっとしたカタリナは、みるみる悲しそうな表情になりながらおとなしく席に座りなおした。

 

「・・・ごめん、言い過ぎたよ。・・・そんな顔すんなって。美人が台無しだぜ」

 

 そこで近くを通りかかった店員を呼び止め、飲み物をオーダーするポール。程なくして運んできた麦酒をカタリナにも勧めながら、ポールが先を続けた。

 

「でも、それも一つだと俺は思っている。知ってるか?あんたが宮廷を去ってから、プリンセスガードっていうモニカ様専用の護衛隊が結成されたんだ」

 

 その話は、カタリナは初耳だった。ロアーヌを出て以降は只管にマスカレイドへの手がかりを追う日々だったカタリナには、ロアーヌの出来事はまるで耳に入ってこなかったからだ。

 

「あんたの穴を埋めるには、少なくともそれだけのものは作らないと駄目だったってことだろう。だが恐らくミカエル候は、こう思った。今となってはもうそれだけでは、モニカ様の安全が確保できたとは言えない・・・と」

 

 言いながら、ポールは手元のオートミールにスプーンを突っ込んで行儀悪くぐるぐるとかき回す。

 

「先の内乱が正に、それを物語っているんじゃないか?今は国内の、それも宮廷内とはいえ・・・決して安心できる環境ではない。加えて、さっき言ったように悪化し続ける世界状況だ。ミカエル候はきっと今回の話で国力を増強させて今後に備えると共に、モニカ様を比較的安全なツヴァイクへと送り出し、まずは身の安全を確保させよう・・・と、そうお考えになったんじゃないか?」

 

 ポールが諭すような口調でそこまでいうと、カタリナは漸く落ち着きを取り戻したような表情になった。麦酒を一口飲んで気を落ち着かせ、口を開く。

 

「・・・・そうね・・・。確かに、貴方の言う通りかもしれない」

 

 気持ちの整理はまだ完全にはつかないものの、確かにポールが言うように考えれば合点はいく。だが、それでも一つだけ、カタリナには気になることがあった。

 

「・・・モニカ様は・・・それで受け入れたのかしら・・・」

 

 他の誰よりもミカエルを敬愛してその傍にいることを望んでいたのは、他でもないモニカ自身だ。だからこそ今までモニカは、嫁ぐことを頑なに拒否し続けていた。それは、ずっと傍で彼女を見てきたカタリナが一番よく分かっている。それを思えばこそ、この話を聞かされたモニカは、一体どんな気持ちであったのだろうか。

 

「・・・さぁ、な。そこまでは、流石の俺も聞き及んじゃいないが・・・」

 

 しおらしくなってしまったカタリナの様子に肩をすかされたのか、ポールも彼女に調子を合わせるように普段とは違って真面目な様子のままで応えた。

 気がつけば結構な時間をここで過ごしていたらしく、周囲の食事客はその殆どが客室へと戻っていた。

 

「おっと・・・俺も流石に仕事に戻らないとどやされちまう。旅費を浮かせる代わりに荷運び雑用ってことでこの船にのせてもらっているんでね」

 

 そういうと、ポールはゆっくりと席をたった。カタリナもこれ以上ここにいる気はなかったので、それに合わせて立ち上がる。

 

「ええ・・・・今日はありがとう、ポール。話を聞けて、よかったわ」

「あぁ・・・。ま、俺としてはもうちょっと色っぽい話題をしたかったんだけどな」

 

 いつものような軽快な口調でにやりと笑うポールを見て、カタリナはやっと笑顔を見せた。

 

「うん、やっぱ美人はそうして笑っているのが一番だ。今度はそういう話をしようぜ!」

 

 あっけらかんと言い放つポールに、カタリナは呆れたような顔で返す。だが今はこの男なりの気遣いを、素直に受け入れようと思えた。

 

「そうね、次に話す時は・・・貴方が怒られない程度に、ね?」

 

 そういいながら、カタリナがポールの後ろに視線を移す。つられてポールもそちらを振り向くと、そこには額に血管を浮き上がらせた筋肉質の船員が仁王立ちしていた。

 

「おう・・・バイト小僧。仕事ほったらかして別嬪さんとデートかい・・随分といい身分じゃねぇか!!」

「うぎゃ、す、すんませんー!!!」

「みっちりてめぇの仕事を残しておいてやったからな、今日は夜通しでやってもらうぞ!」

「ひ、ひぃぃいいい!!」

 

 そうして首根っこを掴まれて引きずられていくポールをにこやかに見送ったカタリナは、自身もようやく客室へと戻っていった。

 

 

 

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