ロマンシングサガ3 カタリナ編 第二章4

 

「カタリナ様ー、お弁当お弁当!」

「あ、サラありがとう。トーマスは?」

 

 玄関で最終的な旅支度を整えたカタリナは、駆け寄ってきたサラからサンドイッチの入った包みを受け取りながら辺りをきょろきょろと見回した。

 

「トムはさっき外に出て行っちゃったきりだけど・・・。何処いったんだろうね。カタリナ様が昼には出るっていうのは知っているはずなのに」

 

 サラも不思議そうに辺りを見回した。しかしトーマスの姿は見えず、そのままカタリナは荷物を纏めて立ち上がった。

 

「ま、仕方ないか。船の時間もあるし、私そろそろ行くわね」

 

 そういって歩き出すと、サラも玄関先までついて来た。

 

「・・・あ」

 

 玄関先に出ると、そこにはミューズとシャール、ノーラ、ケーン。そしてトーマスが立ってカタリナのことを待ちわびていた。

 

「ランスまではなかなか遠いからな。しばしの別れだ。挨拶をしにきた」

 

 シャールがそう切り出すと、皆が寄ってくる。

 

「お・・・鎧、ちゃんとあんたの体にフィットしてるみたいだね。よかった」

 

 カタリナがマントの下に着込んでいるレザー製の動きやすそうな防具を見て、満足そうにノーラが頷く。ノーラ特製のこのアーマーはデザイン等も以前にカタリナが来ていたものと遜色ないもので、実にすさまじい完成度だ。ノーラはこの服を、丁度一月で完成させた。しかも素材の調達などにその時間の大部分を費やしたのだというのだから、かなりのハイスピードだったようだ。カタリナが腰に差している大小二本の剣と背中に背負った大剣も、それぞれノーラのお手製である。

 

「今回の作品はケーンにも多少手伝ってもらったから、壊れたらこいつの責任にしてね」

 

 冗談っぽくノーラがいうと、ケーンは本気で顔を青ざめさせる。

 

「ノ、ノーラさん縁起でもないこと言わないでくださいよ・・・!」

 

 そういいつつも若干不安そうなところを見ると、彼自身心配なのだろうか。まぁノーラが余裕の表情で笑っている以上は大丈夫だろう。

 

「ランスに着いたら、すぐ聖王様の血族の方々の暮らす屋敷を訪れてください。事前にカタリナ様のことはお手紙で伝えましたから・・・あとは指輪をお見せすればすぐお目通り適うはずです」

 

 ミューズが胸の前で手を組みながらそう語りかける。

 

「ありがとう御座います、ミューズ様・・・。怪我を治してもらった上にそんなことまでしていただいて・・・もうなんとお礼をいったらいいか」

 

 頭を下げると、ミューズはとんでもないと答える。

 

「我々が受けた恩は多大だ。これくらいは朝飯前だと私もミューズ様も思っている。気にするな」

 

 腕を組みながらシャールがそういうと、ミューズは同意するようにうんうんとたてに頷いた。

 

「あんたがランスにお使いに行っている間はあたしとトーマスでしっかり聖王の槍とマスカレイドに関する情報を集めておく。あんたが帰ってくるまでには絶対何か進展させておくよ」

 

 ノーラもケーンの肩に肘を置きながらそう語りかけてくる。その言葉を受けてトーマスが一歩歩み出た。

 

「あと、もしよろしければランスに立ち寄った際に・・・そこにピドナから亡命したという一家が居るという話を小耳に挟みましたので、出来れば尋ねてみてください。三度目の死蝕が起こる直前に死蝕を予言した天文学者の家族なのだそうです。彼らもまた星の動きを読めるのだとすれば、ひょっとしたら何か今の状況を我々以上に知っているかもしれません」

「・・・わかったわ。探してみる」

 

 そして、カタリナは数歩歩き、大通りに差し掛かる手前で皆に振り返った。

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

 その場のみなから口々に送り出しの言葉をかけられながら、カタリナは港に向かって歩き出した。

 

 

 港についてからは、すぐに船の出港時間であった。今回はなんと個別客室での船旅である。ピドナに渡る時は路銀をなるべく節約するため集合客室を利用したのだが、それとはえらい違いだ。

 客室について荷物を置くと、甲板にでて潮風を受けながら昼食のサンドイッチを頬張る。今回はサラのお手製ということだが、さすがトーマスの料理を近くで見続けてきた幼馴染。サラのサンドイッチもまた美味であった。

 聖都ランス。そこは聖王と呼ばれた青年の生まれたというだけの、田舎町であるそうだ。今もランスという町は三百年前とあまり変わらぬ生活を行っているといわれている。だが、そんな町の端には、景色に完全に溶け込んでいて、それでいてまったく別の空気に包まれたあまりにも立派な建物が聳え立つという。

 それこそは、聖王廟。偉大なる聖王その人が眠る墓を奉った、神聖なる建物だ。

 建設以来から今に至るまで、いかなる極悪人でもその聖王廟を荒らすことだけはしなかったという。その神聖なる空気にのまれ、ただ、彼を崇めることしか出来なくなってしまうのだそうだ。

 本で読んだだけの知識ではあるが、カタリナはそれを読んだ時から一度はこのランスという町を訪れ、聖王廟を見てみたいと思っていた。

 それがまさかこういった形で実現することになろうとは本人ですらロアーヌに居た当時は露ほども思わなかったが、人生どう転ぶか分かったものではないのだな、と今更ながらに思ってみる。

 ミュルスからピドナへと渡るときはヨルド海独特の西へ流れる潮流のお陰でかなり速いペースであったが、今回は北上しているのでその潮流に抗う形となり、この船旅は五日ほど続く予定だ。

 今までにない船上での長旅となるため、乗り物酔いなどはしないタイプであるもののカタリナもあまり油断はせぬよう努めて船の上ではじっとしていることにした。

 しかしそうはいっても途中の寄航・下船予定のないことを考えれば、一週間弱もこの船に缶詰なのである。早々に前言撤回をしたカタリナは、天気もいいのでせっかくだから甲板に出て、適当なスペースを見つけて読書に更けることにした。長旅なのは事前に分かっていたので、あらかじめピドナで皆から暇つぶし用に本を借りていたのだ。トーマスから借りた経済書、サラから借りた小説、そしてミューズからは園芸の本を借りた。なんでも、ミューズはあの家の裏で薔薇を育てているのだとか。

 

(・・・花、か。中庭でモニカ様が育てていた花・・・そろそろ開花するかな・・・)

 

 モニカも花を育てていたことを思い出し、ふと故郷ロアーヌを思い出して懐かしく思う。気がつけば、カタリナもロアーヌを出てから二月近くが経過してしまっていたのだ。といっても、そのほとんどはアラケスに受けた怪我の治療に費やしたわけだが。

 尤もそれもミューズの力が無ければ半年近くは間違いなく取られているような大怪我であったのだから、奇跡的といってもいいほど時間は短縮されたのだが。

 だがカタリナ自身は特に花に興味があるわけではないので、まずはトーマスから借りた経済書を読むことにした。

 仮にも今のカタリナは、カンパニーの社長なのである。一応付け焼刃とはいえ、なにかしら経済に関する知識はつけておいたほうがいいと思い借りたものだ。

 しかし、これがまたえらく退屈な本であった。トーマスは最初にこれを読んでから様々な経済書に手をつけるのがいいと言っていたが、そもそもこの本の内容がカタリナには眠りを誘う暗号の羅列にしか見えない。一応貴族としてあるべき一般教養は一通り頭の中に入れているカタリナではあるが、どうも生来こういうのは苦手な部類のようだ。

 断念して本を閉じることにした。まだ自分には経済は早かった。カタリナはそう痛感すると、次いでサラから借りた小説を取り出した。

 

「・・・なになに・・・アバロン伝記・・・?」

 

 題名を読み上げ、そのままページをめくる。

 そして途端にその本の虜となってしまった彼女は、そのままひたすらに本のページをめくり続けた。

 それはとても遠い昔、大陸を制覇するという志を立てた小国の一人の皇帝から始まる物語であった。

 長い歴史の中で繰り返される数多の戦と、その影にある伝説の七人の英雄の謎。その中で幾代にも渡ってアバロンの皇帝達が見る、世界に残る伝説の真実。

 すっかり読書に耽ってしまったカタリナは、微動だにすることもなくその場でいつまでも本を読み続けた。

 高く上っていたはずの陽は次第にその高度をさげ、気がつけば西の空に沈みそうになってしまっていた。

 そろそろ夕日が目にまぶしくなり始めたところで、カタリナはようやく本に落としていた視線を周囲に向けた。

 甲板には彼女以外の乗船客は居らず、船員が二人ほど作業を行っているのみだ。いつの間にやらピドナからはすっかり遠ざかり、船の左方面にはマイカン半島東側の特徴的な歯形のような海岸が続いていた。

 

「ちょっと集中して読みすぎちゃったかしら・・・」

 

 ずっと同じ姿勢でいたカタリナは甲板の上でバランスを保ちながらゆっくり伸びをすると、改めて周囲を見渡した。

 今回カタリナが取った航路は、ミュルスからピドナへと渡ったのと同じくヨルド海を行く航路だ。船はピドナから陸伝いに北上し、ポドールイ地方のツヴァイク公国を目指す。

 そこから先は更にツヴァイク公国から北のボルグ山脈を越えたところに小さな町があるので、そこから更に船で北海を越えて西のユーステルムに渡り、更に西へ向かって聖都ランスへとたどり着く旅路である。全行程で二週間ほどだ。

 進路としては本来ならばピドナとツヴァイクの間にあるファルスという都市で降りてそこからランスまで伸びる世界最大級の河であるイスカル河に沿って北上していくのが最も距離が短いのであるが、ファルスは現在隣接都市のスタンレーと一触即発の状態にあるそうで、一般客船の入港が規制されているらしい。

 

(全く迷惑な話よね・・・・)

 

 こちとら世界の危機がかかっているかもしれない事実を伝える旅をしているというのに、小国同士の争いなどで進路を阻まれていてはどうしようもない。

 しかしいくら文句を言ったところでファルスでの下船は認められない以上、おとなしく迂回ルートを通るしかないのだ。

 考えているとだんだん腹が立ってきたので、気を取り直して今日はもう客室へ戻ろうと思いカタリナは踵をかえした。

 そしてそこに至って漸く、正面にこちらを見ている人物がいることに気がついた。先ほどまで甲板でなにやら作業をしていたらしい船員の男だ。何か自分に用でもあるのだろうかと思った矢先、男から気安く話しかけてきた。

 

「なんだ、見ても気がついてくれないのかい?つれないなぁ、美貌の懐刀さんは」

 

 そういいながら、男は船員キャップを脱ぎ、肩をすくめる。そうした男の顔を改めて眺め、カタリナは確かにその顔に見覚えがあることに気がついた。

 

「貴方・・・・ポール・・・?」

 

 その仕草をみて、カタリナは思い出すようにその男の名前を口にする。すると男は満足そうにうんうんと頷きながら、にっこりと笑った。

 

「ご名答!ひどいなぁ、見た瞬間にときめいてくれないと、俺の立場がないじゃないか」

 

 相変わらずの軽口を叩くポールに、カタリナははにかみ笑いで返す。

 

「久しぶりね、元盗賊さん。よく私だって分かったわね・・・。それより、無事に地下牢から出れたのね。よかったじゃないの。元気で暮らすのよ」

 

 まさかあの時の囚人とこのようなところで再会するとは思ってもいなかったが、かといって特に用があるわけでもないので無難な挨拶をして客室に戻ろうと、カタリナは再び歩きだした。

 

「あれ・・・ちょっとちょっと、もっとこうさー、ぎゅーっとあっつーい抱擁で再会を喜ぶとかないんかな。そんな冷たいと泣いちゃうぜ、俺」

 

 自分の横を通り過ぎようとするカタリナに必死に語りかけるポール。しかし、カタリナにはそのような軽口に付き合う気は微塵もないようだ。つかつかと歩を進めるカタリナの進路に再び立ちはだかったポールは、わたわたと両腕を振った。

 

「・・・・何?何か用でもあったの?」

 

 これ以上貴方の軽口に付き合う気はないわよ、と半眼で訴えながらカタリナが口を開くと、ポールはまたしても肩をすくめた。

 

「ふぅ、冗談が通じない美人ってのはもてないんだぜ・・・・だぁああ、待って、待って!ちゃーんと用事があるから話しかけたんだよ!」

 

 再び歩き出そうとするカタリナを制止させるポール。次はないわよ、とでも言いたげな笑みで振り向くカタリナに漸く観念したのか、ポールは少し真面目な表情になって語り始めた。

 

「あぁ、ええっとな・・・・まずは、これ、ありがとうな。それだけはどうしてもいいたかったんだ」

 

 そういってポールが取り出したのは、カタリナがロアーヌの地下牢で暇つぶしに弄んでいたタロットカードだった。

 

「あぁ、それね・・・・。別に、そんなお礼を言われるほどのことじゃあないわよ。ちゃんと故郷に帰って、ガールフレンドに上げなさいな」

 

 しおらしく頭を下げるポールを見ながら腕を組んで立ち止まったカタリナは、まるで子供に言い聞かせるような口調で言った。

 

「あぁ、ありがたく頂くよ。だからこうして、帰郷の真っ最中、ってわけさ・・・きっとこれを渡したら、ニーナも喜ぶ。ま、これで飛び出したことをチャラにしてもらおうって魂胆なんだがな」

 

 カタリナの言葉を聞きながら頭を上げるとそういっていたずらっぽく、そして朗らかにポールは笑った。

 

「へぇ、貴方のガールフレンドはニーナちゃんっていうんだ?可愛い名前ね?」

 

 ガールフレンドの名前が出てきたので、そういってからかう様に笑うカタリナ。するとポールは、今度はすこしばつが悪そうな苦笑いを浮かべた。

 

「う・・・ま、まぁな。地元でも人気なんだぜ。ま・・・もともとあんまパッとしない町だからな。お陰で若い衆も居残りは少ないから、年寄り連中には可愛がられているんだ」

 

 そういえば地下牢で聞いた限りではポールの故郷はキドラントという北方の小さな町だそうで、それはカタリナの今回のルート上にあるところだ。

 故郷に思いをはせるような表情の後、大事そうにタロットカードを懐にしまうとポールは再び顔を引き締めた。

 

「・・・それで、あんたがこんなところにいるっていうことは、やっぱりあの噂は本当なのかい?」

 

 突然のポールのその言葉に、カタリナは怪訝な表情を見せた。何のことか分からない、という表情だ。その表情を見てポールはいつものように肩をすくめる仕草を見せると、言葉を続けた。

 

「いや・・・ロアーヌ宮廷に賊が入った、って噂さ。なんでも、聖剣マスカレイドが盗まれたらしいなんて話を聞いたが」

「な・・・!?」

 

 ポールのその言葉に、カタリナは呆然とするしかなかった。そのことは自分を含めても宮廷ではミカエルやモニカ、その他ではトーマス等などの極々少数の人間くらいしか知らないはずだ。それを何故、この男は知りえているのか。カタリナは多少身構えながらポールをにらみつけた。

 

「・・・・貴方、一体・・・?」

 

 すっかり警戒した様子のカタリナに睨まれたポールは、再び慌てたように両手を振りながら焦りの表情を見せると、兎に角落ち着くようにカタリナに言った。

 

「まてまて、俺は別に怪しいもんじゃない!ほら、地下牢でもいったろ、俺は耳が良くてな。情報ってのは、逐一買っているんだ」

 

 慌てながら、ポールが弁明を続ける。

 

「もう賊家業からは足を洗ったからそんなに情報を買ってるわけじゃねぇけど、やっぱロアーヌのことはあの一件が俺も気になってな。帰り際にロアーヌとミュルス、そしてピドナでその辺の情報は集めたんだよ。そしたら、ロアーヌ宮廷内につながりをもってる垂れ込み屋にこの情報をもってるやつがいてな・・・。そして、ここでの再会だろ?だから聞いてみたってだけさ」

 

 とりあえずはポールの話を聞いていたカタリナは、そこまで聞くとたいそう不機嫌そうにため息をついた。

 

「そう・・・それで?」

「いやその・・・あの・・・あー・・・すげぇ大事なもんだったんだろ?災難だったな・・・」

 

 カタリナの態度に臆したのか、ポールは言いよどんだ後にそれだけをいった。

 そこで、漸くカタリナも警戒を若干解いて寂しげに笑う。知られているものは仕方がないし、これは最早隠すようなことでもないのかもしれない。

 

「・・・仕方ないわ。私の不始末だもの・・・。だからこうしてミカエル様にご慈悲を頂き、捜索の旅に出ているってわけ」

 

 少し邪険にしすぎたかな、と思いながらカタリナが優しく語り掛けると、ポールはこちらが機嫌を直してくれたことを察してほっとしたような表情を見せた。

 

「そうか・・・。その・・・がんばってくれよな。俺も応援してるぜ」

 

 ポールの言葉を聞いて、カタリナはくすりと笑った。まさかたまたま地下牢で少し話しただけの元盗賊に慰められるとは、思ってもいなかったからだ。

 

「・・・貴方、割といいやつじゃない」

 

 くすくすと笑いながら、ポールの肩を叩く。ポールはなにやらきょとんとしているようだったが、いつもの軽そうな表情に戻った。

 

「お、おうさ。俺はいつだって美女の味方なんだからな!」

「そうだったわね。まぁ、私も頑張るから、貴方はガールフレンドをしっかり大事にしてあげなさい」

 

 それだけをいうと、カタリナは今度こそ客室に戻ろうとして歩き出した。

 

「あ・・・ちょっとまってくれよ。カタリナさんさ、今あんた、ロアーヌのことって色々聞いてるか?」

 

 再度話しかけてくるポールのその言葉に、今一度カタリナは足を止められた。ポールはカタリナが再度興味を示したことを悟ると、かぶりをふりながら船室のほうを指差した。

 

「いったろ?去り際に俺、色々情報は集めてきたんだよ。ロアーヌ周辺のこと全般を、な。もしよかったらここ最近のロアーヌの話とか出来るけど・・・どうだい、一緒に夕食でも」

 

 ポールのこの申し出は、カタリナとしては断れる理由がなかった。マスカレイドを取り戻すまでロアーヌに戻らぬことを誓ったカタリナといえど、故郷のことは非常に気になるところなのだ。

 

「・・・いいわ、そのお誘い、受けましょう」

 

 カタリナの返答にガッツポーズで応えたポールは、じゃあいこうぜ、といいながら意気揚々と歩き出した。

 カタリナも、この船旅のいい暇つぶしになるかな等と思いながら、その後に続いた。

 

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第二章・目次