ロマンシングサガ3 カタリナ編 第一章7

 

「・・・シャール様!・・・ゴン君が見つかったんですね」
 
 一端待ち合わせの場所に戻っていたトーマスは、上の階層から小さな少年を抱き抱えて降りてきたシャールを確認して立ち上がった。
 
「あぁ。やはり上の階で見過ごしていたようだ。ずっと物陰に隠れて、モンスター共をやり過ごしていたらしい。今は安心したのか、眠っているよ・・・」
 
 若干小声でそう語ると、やんわりとゴンの髪を撫でながら腰を下ろした。
 
「そうでしたか・・・。とにかく見つかってよかった。では、どうかシャールさんは一刻も早く旧市街に戻って、ミューズ様をご安心させてあげてください」
 
 こちらもすっかり安堵したように再び腰を下ろしたトーマスが言う。シャールはその言葉にゆっくりと頷くと、きょろきょろと辺りを見回した。
 
「カタリナ殿は、まだ戻っていないのか?」
「はい、そのようです。この城はおそらく下層がまだまだ広いはず・・・。きっと少し足をのばして捜索なさっているのではないかと・・・。なので私はカタリナ様が戻ってくるのをここで待ってから、後ほど再度ミューズ様とシャール様の元へと伺わせていただきます」
 
 眼鏡の位置を正しながらそういうトーマスに、シャールは若干不思議そうに首をかしげた。
 
「時にトーマス殿。貴方はなぜカタリナ殿と一緒に?ベント家とロアーヌの騎士では、あまり接点らしい接点も見あたらないが」
 
 その質問に対し、トーマスは苦笑しながら座っている足を組み替えた。答えを考えあぐねいて居るのか、少しの間を置いてから口を開く。
 
「ちょっとした事情で、ロアーヌ宮廷でロアーヌ候ミカエル様に直々にお言葉を頂く機会がありましてね。その時にお会いしたのがきっかけ、でしょうか。その後カタリナ様がマスカレイドを奪われたことを偶然再会した折に聞き及び、微力ながらお手伝いを申し出た次第です」
「ちょっとした事情というのは・・・つい先日の内乱のことか?」
 
 シャールの指摘にトーマスは肩をすくめる。流石に情報収集は欠かしていないようだ。
 
「ご明察です。そういった事情までお耳に入れているとは、恐れ入ります」
 
 今度はシャールが苦笑する。ゴンを落とさぬように抱きなおしながら、適当な壁に寄りかかった。
 
「なかなか痛快な情報だったからな。現ロアーヌ候の名君ぶりは、このメッサーナにも響き渡っている」
「はい。即位の時も世界中にはその非常識を響き渡らせたそうですが、此度の内乱では、その実力が真のものであるということを世界にアピールしたのではないかと思います。おそらくミカエル候自身も、それを頭に入れた上で今後動くことでしょう」
 
 トーマスの言葉を聞きながら、シャールが少し物悲しげに遠くを見る。
 
「そうして他国の話を聞くと、かなえられなかった我が主の悲願をどうしても思い出してしまうな・・・」
 
 シャールの言葉に耳を傾けたトーマスは、再び足を組みなおして言葉を続けた。
 
「・・・クレメンス様亡き今、シャール様は何故一人でミューズ様の元に残ったのですか?」
 
 不意に飛ばされた質問にシャールはきょとんとした顔をする。次いでゴンをゆっくりと撫でると、にやりと笑った。
 
「それは、秘密だ」
「おや、つれないですね」
 
 そういって男二人で笑いあった後、トーマスがゆっくりと立ち上がった。
 
「さぁ、シャール様。お早くミューズ様の元へ。私はここに目印を残し、一度下層にカタリナ様を探しに行ってきます」
 
 その言葉に呼応するようにシャールも立ち上がると、しっかりと寝ているゴンを抱きなおしながら頷いた。
 
「すまない。本当に助かった。一度カタリナ殿と合流したら私達の家に戻ってきてくれ。きっとミューズ様もそれを望んでいらっしゃる」
「分かりました。そうさせていただきます」
「では、先に失礼する」
 
 そういうと、シャールはなるべく揺れないようにゆっくりと歩き出し、程なくトーマスの視界から見えなくなった。
 
「さて・・・カタリナ殿は何処までいったのか・・・」
 
 そう呟いたトーマスは万一すれ違ってしまったときのために紙にメモをしてその場に置くと、下層へと続く階段を下りていった。
 
 
 
 進めば進むほどに、濃度を増していく瘴気。現れる魔物も既に先の悪鬼の比ではないほどに凶悪になってしまった。
 ものすごい勢いで突進してくる大型動物の骨を正面から一刀の下に粉砕したカタリナは、次いで素早く取り出した刺突剣を背後に突き出し、迫っていた魔精の赤子を切り捨てた。
 狭く居心地の悪かった通路がようやく終り、今カタリナは巨大な回廊を奥へと向かって歩いていた。
 天井は自分の身長の十倍以上の高さにあり、その天井と床を繋ぐ何本もの柱には、どういった趣味なのか理解しがたいが人間の泣き叫ぶような像が埋め込んである。
 冷静に考えれば、もうこんなところにゴンなど居るはずもなかった。だというのに、カタリナは何かに体を突き動かされるかのように、ひたすらに奥へと歩を進めていた。
 既に体は、限界を何度も訴えている。度重なる戦闘に、緊張の糸を張り続ける精神も大分参ってきている。だというのにカタリナの両手は大剣を放さず、両目は前を向くことをやめず、両耳は周囲の物音を小石の転がる音一つとて逃さぬように察知することを放棄しなかった。
 向かい来る敵を持ちうる全ての武器を駆使して打ち払いながら進み、そしてカタリナは通路の最後にある、それまでの通路の大きさからすると随分と小さな扉を抜けた。
するとそこは、どうやら正面から見た城の後ろに当たる、中庭のようだった。最初に抜けた庭園と同じようなつくりがされており、こちらは幾分か表の庭園よりも形が整っていた。
 
「・・・この奥に・・・ある」
 
 自分の意思ははっきりしているというのに、彼女は今何故自分がこうして奥へと突き進んでいるのか、まったく分かっていなかった。
 ひょっとしたらもうトーマスかシャールがゴンを見つけて旧市街へと引き返しているかもしれない。それでなくとも三人が分かれてからもう既に二時間以上もたつのだ。流石に戻らないとならない。
 
「戻らないと・・・」
 
 呟いてはみるものの、やはり止まらぬ歩を進めながら彼女は前を向いていた。
 中庭は表の庭園よりは小さく、すぐにまた大きな門が目の前に現れる。
 
「ここは・・・後宮、のようなものかしら」
 
 最初に庭園からみたようなあまりに巨大な建物ではない。だが、肌に感じる忌々しさは先ほどまでよりもさらに強く、彼女を苛んだ。
 ゆっくりと門を押し開ける。すると隙間から少し生ぬるい風が出てきて、カタリナの髪をゆっくりとそよがせた。
 
 同時に耐え難いほどの瘴気が流れ出てくるのを感じ、肌が総毛立つのが分かる。
 扉を完全に押し開くと、そこは今までのようなボロボロの宮殿ではなく、六百年の昔に作られた原型がよく分かるほどに、その保存状態はよかった。だがその何処にも華美な装飾などは見受けられず、むしろ当時の禍々しさがそのまま残っているかのような、カタリナ的に言えば非常に趣味の悪い空間だった。
 不思議と、魔物の気配もまったく無い。念のためと大剣は片手に携えたまま、カタリナは奥へと進んだ。
 一本道となるその通路を進んでいくと程なく、彼女の前にとても立派に設えられた玉座が現れた。
 約六百年の昔に魔王その人が鎮座していたのがこの玉座なのだろう。ここは、まさに魔王殿の最深部なのだ。
 衝動に突き動かされるようにカタリナは玉座へと近づき、そして玉座を通り抜けてその後ろに控える巨大な壁の前に立った。巨大な紋様が施されたその壁の、丁度玉座の真後ろに当たる位置。
 そこには、とても細長い扉があった。
 カタリナは腰袋に手を伸ばし、先ほど少年から託された指輪をゆっくりと自分の手にはめた。そして、扉の取っ手のすぐ隣にある小さなくぼみに、自らの手にはめた指輪をあてがう。
 カチャリ、という音と共に、あっけなくその扉の鍵は外れた。
 口の中に溜まった唾を飲み干し、その扉に手をかける。すると、扉はそれを待っていたかのようにひとりでに開いた。
 
「大歓迎・・・ってところなのかしらね・・・」
 
 冗談っぽく呟いて強がってみるが、空しい。カタリナはため息一つつくと、迷いなくその扉を潜り抜けた。
 そこには、最上階で見受けられたのと同じような作りの祭壇が設置してあった。天井から漏れ届く光が祭壇の中央を示し、そしてその中央が鳴動するように不気味に光っている。
 祭壇まで歩み寄ると、天井の光に当てられた彼女の体から、疲労が抜けていく。
 
「・・・再生の光・・・?何故こんなところにそんなものが・・・?」
 
 太陽の力に祝福された光を浴びてすっかり疲労も抜け、ここに至るまでの魔物との戦闘でついていた傷も全て癒え、カタリナは確信した。
 
(この先に、間違いなくアビスゲートがある・・・)
 
 鳴動する祭壇にはえらく複雑な魔方陣が描かれており、術法の発動を今か今かと待ちわびているようにすらみえる。
 瘴気はこの部屋ではほとんど感じられないが、おそらく再生の光が中和しているに過ぎないのだろう。この外の部屋では途端にすさまじい瘴気が渦巻いているところを見ると、再生の光ですら完全には中和しきれないほどの瘴気がこの空間に渦巻いているはずなのがわかる。訓練も何もしていない生身の人間がそんなものを浴びたら、それだけで気が触れてしまうかもしれないほどの代物だ。
 
(・・・ここから先は、魔王と聖王様くらいしか踏み込んだことが無い場所・・・伝説の四魔貴族の住処・・・。そんな場所に、私が・・・?)
 
 だが、そう考えた時にはすでに、彼女は最後の一歩を踏み出していた。
 
 
 
 己の突進力を利用されて放たれた風車の如き槍の旋風に、悪鬼はその体をぼろきれの様に切り刻まれて絶命した。
 
「・・・ふぅ。ここまで来ると流石に厳しいものがあるか・・・」
 
 額に流れる汗を拭いながら、槍に付着した血の汚れをふき取りつつ一人呟く。そしてすぐさま崩れ落ちた悪鬼をまたいで越えながら、トーマスは奥へと歩を進めていた。
 ここに至るまでにトーマスは既に何体もの魔物の死体を発見している。間違いなくカタリナが葬ったものだろう。その数はもう既に十、二十の話ではなく、彼女が騎士としてどれだけ高い実力を兼ね備えているかが見て取れた。
 ここまでトーマスが相手にした魔物は、今の悪鬼が最初の一匹だ。知能も無い下級の鬼であるが、しかしその巨体とパワーは決して侮れるものではない。
 やっとの思いで悪鬼を葬ったトーマスは、休憩できそうな小さな小部屋を見つけた時は柄にもなく気を抜いて部屋の一角に腰をかけた。
 
「・・・最下層への連絡路・・・といったところか」
 
 少ない明かりを頼りに周囲を見回すと、部屋は先ほどまで通ってきた通路とさらに下に続く階層への連結のための空間のようだ。
 
(・・・よし、此処には魔物は居ないようだな・・・)
 
 腰を下ろして身体を休めながら部屋の中を何とはなしに観察していたトーマスは、緊張だけは過度に解かぬように意識しながら一息着いた。
 
(瘴気が徐々に強まってきている・・・。まるで、死蝕へと巻き戻っているようだ・・・)
 
 さらに下層へと続く扉を眺めながらそんな事を思う。既に此処の時点で身体に感じる負荷は大きく、これ以上一人で進むのはトーマスにはあまりに厳しいものがあった。
 トーマスはシノンの開拓村でこそエレンに次いで名が上がる程の武芸達者であったが、ここの瘴気は流石にそのトーマスを以てしても容易に踏破できるほど生易しくはない。
 そしてこの部屋の下層へと続く扉からは、ここまでよりもさらに濃度の高い瘴気が渦巻いているのが扉から漏れ入る空気で既にトーマスにも理解できた。
 
「・・・これ以上は俺一人では無理か・・・」
 
 流石に命を捨てるわけにも行かない。カタリナが無事に戻ってくるのをここで祈るのが、せいぜいトーマスに出来る限界であった。
 
「・・・ならば、二人で行けばいい」
 
 突然の声に何事かとトーマスが部屋の上方に視線を向ける。
 すると、そこにはなんと先刻ゴンと共に城を出たシャールが立っていた。
 
「シャール様!お戻りになられたのですか・・・」
 
 トーマスも立ち上がり、シャールを迎える。歩み寄ったシャールは、先ほどまでトーマスが見つめていた部屋の下層へと続く出口を見つめた。
 
「事が終わればそれでのうのうと二人の帰りを待てるほど、私も恩知らずではないさ・・・しかし、瘴気が尋常ではないな・・・。カタリナ殿は本当に一人でこの先に向かったというのか?」
 
 肌身に感じる瘴気の強さに軽い畏怖すら覚えながらシャールが呟く。
 シャールは今までに何度かこの魔王殿には出入りをしたことはあった。近衛軍団時代にも立ち入り調査などをしたこともあったし、近衛軍団では初期兵の実戦訓練場として過去にこの魔王殿が慣習として非公式に使用されていたこともあったくらいだ。
 だが、そんなシャールでさえこの瘴気は初めて感じるほどに濃密で、おぞましいものであった。
 
「・・・死蝕によってゲートが開いた・・・という噂は本当なのかもしれないな」
 
 この先にもシャールが足をのばしたことは何度となくある。この先は魔王殿の最下層へと続き、その奥には屈強な魔物がひしめき合う玉座の間があったはずだ。そこまで行くのは流石に一流の兵士でもなければ厳しいものがあったが、しかしシャールは何度もそこに到達した。だが、今のこの瘴気はその頃から比べても明らかに濃いのだ。
 シャールの言葉に耳を傾けたトーマスが、眼鏡の位置を直しながら口を開く。
 
「この瘴気を感じてしまうと、その説が真実以外の何者でもないように思えていてしまいますね・・・」
「・・・だが進まぬわけにもいくまい。行こう。流石にこの瘴気では私が加わったとて大した違いもないだろうが、カタリナ殿を見つけ出さぬことには帰れぬさ」
 
 扉へと向かって歩き出すシャールに、トーマスも無言でついていく。確かにこの先は人が踏み込めるような場ではない。一歩間違えれば確実な死が訪れる、そんな場所なのだ。
 だがトーマスは、どこか頭の隅でこの状況に嬉々としていた。
 
(この先は、今までのように俺の頭の中では計れないぞ・・・。お爺様は俺にこれを体験させたかったのか・・・?・・・面白い)
 
 渦巻く瘴気に身を任せ、シャールとトーマスは最下層へと踏み込んだ。

 

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