ロマンシングサガ3 カタリナ編 第一章6

 

 今より六百年を数える昔から三百年の年月を数えるまで、その地は世界の恐怖の中心であった。
 約六百年前、死蝕の中ただ一人生まれたその子供は偉大なる生命として祝福された。だがその子供は死に魅入られて魔王となり、異世界アビスの門を開きその先に住まう四魔貴族をも従え、世界を絶望に陥れた。
 魔王として君臨したその人物は、今もまた世界の中心として栄えるこのメッサーナの地に、巨大な城を建てさせた。
 最上階に太陽の光を浴びる神聖なる祭壇を設え、その祭壇を穢すが如くその下に膨大な数の人間を犠牲にして作り上げた贅沢の限りを尽くした城。
 今はもうその面影もなくただただ不気味な瘴気のみを纏うその城は、このピドナ旧市街の隅に今も佇んでいた。
 
「今じゃ観光名所なんて聞いていたけれど・・・一体これの何処が観光名所なのよ」
 
 入り口までたどり着いてからその城を見上げ、カタリナが思わず素の口調で呟いた。未だ冷めやらぬその瘴気の渦は、吐き気さえ催すほどに、濃い。
 
「ここ最近は以前にもまして、瘴気が激しく渦巻いている・・・。ミューズ様もその瘴気を敏感に感じ取られ、近頃は体調を崩し気味なのだ」
 
 横に立つシャールは、そういいながら歩き出した。
 ボロボロになった正門を抜けると、元は庭園と思しき広い敷地が、見事に廃墟となっていた。
 
「この魔王殿の地下には四魔貴族の一、魔戦士公アラケスの住処へと繋がる『アビスゲート』があると言い伝えられています。魔王亡き今、この城に渦巻く瘴気はひょっとしたらそのゲートが影響しているのかも知れませんね」
 
 腐ったヘドロのような水溜りの溜まった道を歩きながら、トーマスが語る。何も知らなかったカタリナが感心していると、程なくして庭園を抜け、目の前に聳え立つ巨大な城と、そしてその最上階へと続く長い階段が現れた。
 
「ここまでの一本道にはゴンは居なかった。やはり中に入ってしまったのか・・・」
 
 階段を見上げるシャールはそう呟くと、それまで片手に持っていた長い棒状のものを包んでいた布を剥ぎ取る。その中には、見るも見事な槍が納まっていた。
 
「見事な槍ですね・・・。業物なのでしょうね」
 
 その槍を見てカタリナが、感心したような声を上げる。
 
「私がまだ近衛軍団に居たころに愛用していたものだ。今はもう右の筋を切られてしまったのであの頃のようには扱えないが・・・まぁ、ないよりはと思ってな」
 
 左手に槍を構えながら、はにかむ様に笑うシャール。
 
「中には魔物も居るんでしたね・・・。でも、そのゴンって子が追っていったマントの人物っていうのは・・・?」
 
 階段を上り始めながら、カタリナも隙なく辺りを見回す。階段を上れば上るほど天に近くなるはずなのに、肌に感じる重苦しい瘴気が強まっていくのを三人とも感じていた。
 
「分からない。それこそマント姿なんていえば私はともかく、カタリナ殿もトーマス殿も当てはまるしな」
 
 言われて初めてカタリナとトーマスはお互いの格好を見てみた。確かに二人とも外套を羽織っている。
 
「・・・というのは冗談だ。確かに分からないには分からないが・・・ここ最近は何故か、魔王殿周辺を神王教団の連中がうろついているのを何人も旧市街の人間が目撃している。あいつらは揃いも揃って頭っから足の先までローブで隠しているからな。ミッチがマントといったのもひょっとしたらそれかもしれない」
 
 長い階段もようやく終りを見せ始め、程なく三人は魔王殿の最上階に位置する祭壇の間への入り口に立った。
 
「神王教団ですか・・・。ルートヴィッヒ近衛軍団長との結託の件や、ナジュ王国を滅亡へと追い込んだという一件・・・どうもきな臭い宗教団体にしか思えませんが・・・」
 
 トーマスも懐から折りたたみ式の槍を取り出しつつ、慎重に中へと入った。
 
「どんなお高くとまった教義があるのか知らないが、私達からすれば胡散臭い集団にしか過ぎん」
 
 同じく用心深く入ったシャールはそう吐き捨てながら、すぐさま辺りを見回した。
 
「ゴン、居るなら返事をするんだっ!」
 
 祭壇の間全体に響き渡るような声で叫ぶが、返事は無い。代わりに、地響きのような唸り声が微かにホール内にこだました。
 
「・・・魔物のうめき声・・・ね」
 
 耳をすましながら背中の大剣をいつでも抜ける状態にしつつ、カタリナはホールの中央まで移動した。
 すぐ目の前にはいまだ太陽の光を浴びて輝く祭壇が祭られ、そのすぐ近くに空いた穴から下を覗き込むと、暗くてよく見えないが巨大な吹き抜けになっているようだった。
 目を凝らせば、部屋の脇には階下へと続く階段がある。そのほかにはめぼしい場所も無い以上、ゴンがここに居ないのならばその階段を通ったのだろう。
 
「シャールさん、階段があるわ」
 
 カタリナが指を指した方向にシャールとトーマスが目を向けると、そこには確かに階段と、そして見るも醜い姿をした小鬼が息も荒げにこちらを睨みつけていた。
 
「おや・・・思わぬ来客に興奮しているようですね」
 
 トーマスがなんでもないと言うように眼鏡のずれを直しつつ、槍を構える。シャールが生粋の武人なのは話を聞いて分かったが、どうもトーマスもその構え、余裕の持ちようを見るに相当な腕の持ち主なのだろうか。
 カタリナがそんなことを考えているのが伝わったのか、トーマスは隙なくカタリナに目配せしながら苦笑して見せた。
 
「私が武器を持っているのが不思議ですか?我が家の家訓は『ベント家の男子たる者、料理から戦闘まで全てをこなせなければならない』らしくてですね。これも祖父から仕込まれたんですよ」
 
 そういって槍を構える姿はなかなか堂に入っていて、若いながらも相当な鍛錬を積んだのが目に見えて分かる。
 
「・・・だが、今は一刻も早くゴンを見つけることが大事だ。ゴブリン如きにかまっている暇など無い」
 
 駆け出そうとするトーマスを制したシャールが、不意に階段へと歩き出した。
 すぐさま殺気立った小鬼が手に持った棒切れを振りかざして突進してくるが、シャールはまるで無視するかのように歩き続ける。
 
「邪魔だ、燃えろ」
 
 歩みを止めぬままにシャールがそう呟いて軽く右腕を小鬼に向かって振る。途端、小鬼は炎に包まれ、ギャーギャーと耳障りな声を上げながら祭壇の間の何処かへと走り去っていった。
 
「さぁ、いこう。ゴンが心配だ」
 
 呆けているカタリナとトーマスを尻目に、シャールは一人階段を下っていった。
 
「・・・凄いわね、シャールさん」
 
 取り残されたカタリナが、トーマスへと歩み寄りながら口を開く。
 
「えぇ・・・。昔は近衛軍団にこの人あり、とまで言われた凄腕の術戦士だったそうですよ。民からの信頼も厚く、ルートヴィッヒが彼を減刑にしたのも、極刑による民の反感を抑えるためだったとすら言われています」
 
 見せ場を取られた形のトーマスも冷静に切り返しながら再び眼鏡のずれを直し、シャールの後を追った。
 
 
 魔王が突如としてその姿を消したのは、世界を恐怖に陥れてからそう期間もたたぬうちであった。
 聖王暦紀元前二百七十年に西方諸国を瞬く間にその支配下に置いた魔王は軍をナジュ砂漠へと侵攻させ、ゲッシア王朝にも大打撃を与える。しかし東方諸国連合軍が天の術を駆使してアビスの瘴気を打ち消す方法を編み出し、ゲッシアの英雄アル・アワドの活躍もあり、ここに至り始めて魔王軍が敗北をした。
 その翌年には魔王が自ら東方諸国へと赴き連合軍を壊滅させる手腕を見せるが、歴史に彼の名が出てくるのは、ここまでであった。突如として歴史の表舞台から消えてしまった魔王に世界は束の間の喜びに浸るが、それはその後約三百年の長きにわたるアビスの四魔貴族による恐怖政治の幕開けでしかなかった。
 後に聖王の活躍によりアビスの淵へと追い返されるまでの間に四魔貴族の一、魔戦士公アラケスは自らの守護する白虎のアビスゲートが魔王殿の下にあることもあり、この地に居座り思う存分殺戮の限りを尽くしたという。
 
「今でもこの魔王殿は、その白虎のアビスゲートを守護する役目を果たしているのだ・・・との見解を示す学者もいます。しかしながら聖王様より他にこの地のアビスゲートを目撃した人物が居ないので、真実は分からずじまいです」
 
 長い吹き抜けを下り、魔王殿の中枢部まで到達する間にトーマスは魔王殿についての豆知識をカタリナとシャールに話して聞かせていた。
 
「しかし・・・これだけの瘴気が城内に蔓延しているのであれば・・・ゲートの伝説はあながち間違いでもないのだろう。くそ・・・ゴンは何処にいったんだ」
 
 流石に下層近くまで探して見つからないことに焦りを感じ始めたのか、シャールは一人毒つきながら周囲を見回していた。
 ここに至るまでに何度か魔物と遭遇したこともあり、三人が三人ともそれなりに気が立っているのだ。ゴンの身を案じればこそ、その思いは募るばかりだった。
 
「・・・このままでは埒が明かないですね。三人居るのだもの。それぞれ別の場所を探しましょう」
 
 痺れを切らしたカタリナが提案する。
 
「・・・そうだな・・・その方が早く見つかるかもしれない・・・」
 
 シャールもそれに同意し、トーマスもすんなりと頷いた。
 
「では・・・丁度ここが中層部と下層部の境のようですから・・・私がこの辺りを、シャールさんはもう一度上層を、カタリナさんは下層の探索をして、ゴン君が見つかるか、一度きりのいいところでここに戻りましょう。誰かが見つけた場合は他の二人に分かるようにこの場に印を残し、速やかにこの城をでる・・・というのでいかがでしょうか」
「問題ない。一応伝えておくと、ゴンは十歳程度の男の子だ。まぁ・・・我々とゴン以外にここに誰がいるとも思えんが」
 
 トーマスの提案に素早く頷きながらシャールが補足を伝えると、三人はすぐさまそれぞれの割り当てられた階層の探索に取り掛かった。
 
 
 下層に向かうにつれて、城の中に蔓延する瘴気はその濃度を増しているようにカタリナには感じられた。
 
(・・・気のせいじゃない。間違いなく、瘴気は強くなっている。呼吸をするのが気持ち悪い・・・)
 
 城の中には所々に半永久機関を用いた朱鳥術の明かりが漏れているので、そこまで暗くは無い。しかしカタリナには、歩けば歩くほどどんどん闇へと近づいていくように思えた。
 
「ギャギャギャッ!」
 
 突如、目の前の通路を塞ぐように巨大な体の悪鬼が現れる。ロアーヌ宮廷で対峙した悪鬼と非常に酷似した姿だが、知能はあれとは比べるべくも無いほどに少ないようだ。
 
「・・・っち、次から次へと・・・!」
 
 背中の大剣を抜き放ってすぐさま対峙するカタリナ。下層に下りれば降りるほど、上層で見慣れた魔物とは段違いの屈強さを誇る魔物が頻繁に出没するようになっていた。
 突進してくる悪鬼の右腕を思い切り剣の平面で打ちつけ、動きの止まったところに零距離からの打ち据えを見舞って若干間合いを取り、最後に通り抜けざまに胴払いで切り裂く。
 
「ガァァァァァッッ!!」
 
 耳障りな悲鳴と共に悪鬼が絶命したのを確認してから、カタリナは再び歩き出した。かれこれこれで悪鬼を切り捨てたのは八体目にもなる。知能が無い上に巨体を活かし難いこの狭い通路であるので、この悪鬼程度ならばカタリナにとってはたいした障害にはなりえなかった。
 
「ゴンっ、いるなら返事をして!」
 
 先ほどから何度叫んだか分からない台詞を吐きつつ、一端止まって周囲を見渡す。しかし相変わらず人の声の返事はなく、遠くから近くから、魔物のうめき声がこだまするだけだ。
 
(このまま下層に潜り続けて本当にゴンって子はいるのかしら・・・。流石にこんなところまでは潜ってこないわよね・・・)
 
 そうは思ってみるものの、万が一の可能性を考えるとなかなか引き返すことも出来ず、カタリナはしばらくこんな調子で歩き続けていた。
 過去は絢爛に作られていたであろう城の通路はいまや壁の装飾も全て剥ぎ取られ、長きを経て蓄積した瘴気と湿気とでところどころカビ臭い。そこかしこには何かの動物の死骸らしき骨もいくつか転がっており、カタリナとしてはあまり考えたくはないが、人骨もおそらくその中に混じっているのだろう。
 そうして魔物を斬り倒しながら通路を歩き続け、やがてカタリナは小さな部屋に入った。部屋の中にも階段があり、さらに下の階へと繋がる部屋のようだ。
 足を踏み入れてとりあえずゴンの名を呼ぶが、返事は無い。
 カタリナは仕方なく、部屋の中の階段を下りて、下層へと向かおうとした。
 
「・・・?」
 
 階段を降りきったところで、一瞬視界の片隅で何か動くものを見たような気がした。
 
「・・・誰か居るの?」
 
 近づこうとはせず、剣の柄に手をかけながら呼びかける。しかし彼女の言葉に対する返事はない。
 だが、その代わりに闇の中でもう一度、今度は確かに何かが動いたのが確認できた。
 大剣を抜き放ち、カタリナはゆっくりと距離を詰める。だが見えてきたのは、驚くことに呑気に瓦礫に腰をかけた人影であった。
 
「・・・こんな所に居ると、危ないよ」
 
 そんな声を上げながら剣を構えたままのカタリナに対峙したのは、見慣れない服装の少年だった。鎧を着込んでおらず、一枚布で仕立てたと思しき衣服を身に纏い、脇にはこれまた見慣れない形状の長大な片刃の剣を抱えている。
 
「えっと・・・貴方、まさかゴン君・・・?」
 
 見た目は明らかに十歳前後には見えないが、取り合えずカタリナは尋ねてみた。
 だが仄かな灯りに照らされる少年の顔はその問いかけに意味が分からないと言うような表情をして、それからゆっくりと立ち上がった。
 
「人違い。僕には、名前はないよ。あったのかもしれないけど・・・ね。所でお姉さん、さっきも言ったけどここは危ないよ。帰った方がいい。僕もしんどくて、これから一度帰ろうと思っていたんだ」
 
 気怠げな表情を浮かべたその少年は、すっかり構えを解いたカタリナの脇を通り過ぎるように少し距離を開けて歩きだす。
 だが、丁度彼女の横に差し掛かった所で少年は足を止めた。
 
「・・・指輪が・・・」
「・・・?」
 
 何かを呟いた少年にカタリナが怪訝な顔をすると、少年は少年で何故かまじまじとカタリナの顔を見つめてきた。灯りに映る浅黒く健康的な色の肌に中々端正な顔立ちをしているが、駄目だ。私に年下の趣味はないのだ。
 
「お姉さん・・・そうか、これが八つの光か・・・」
 
 そんなカタリナにはお構いなしに、少年は一人何かを呟きながら頷くと、自らが指にはめていたらしい指輪を取り外した。
 
「お姉さんは、此処に導かれてきたの?」
「・・・は?」
 
 まるっきり意味が分からない問い掛けに、今度はカタリナが怪訝そうな表情をした。だが少年はそんなカタリナの反応を見ても何ら気に留める事はなく、その手に持った指輪を一瞥してから、不意にカタリナの前にゆっくりと突き出してきた。
 
「どうやら、これは僕よりもお姉さんが持っているべきものの様だ。参ったな、まさか使いっ走りの役目だとは僕自身思わなかった」
「貴方、一体何を言っているの・・・?」
 
 突き出されたその指輪には視線を向けず、カタリナは警戒を解かないままにそう言った。だが少年は矢張りそんなカタリナの様子など眼中にない様で、愛想笑いでも浮かべればいいものを、真顔で口を開いた。
 
「心配はない。これは抑も君たちの持ち物だ。僕のものではない。きっと僕は、此処でお姉さんに渡す為にこいつに導かれた。これからは恐らくこれが、お姉さんを導いてくれる」
 
 少年があまりに生真面目な様子でそう言うものだから、カタリナはその瞳に邪気など微塵も感じ取れず、訳が分からないままにゆっくりと指輪に手を延ばした。
 
「頑張ってください」
 
 手に取る瞬間に、少年はそう呟いた。そして、カタリナは指輪に手を触れた。
 
 瞬間、彼女の脳裏に何かの映像がフラッシュバックのように流れる。
 
(・・・!!?・・・何・・・?)
 
 一瞬の暗転の後に、風景はすっかり変わっていた。ぼんやりとした視界の中、とても立派な騎士のような格好をした青年が、手にしていた指輪を目の前に居る女性に手渡している。青年はとても凛々しく、そしてその女性もとても美しい。ただどこか顔立ちが似ているように見えるので、ひょっとしたらこの二人は兄妹なのかもしれない。
 そして青年の周りには、何人もの人が集まっていた。老若男女を問わず、様々な人がその青年の周りにあつまっている。そして、青年のすぐ傍には一際の存在感を示す数人の男女がいた。各々が武具を持ち、青年を見ている。きっと、青年の仲間なのであろう。
 
(・・・・・・!!あ、あれは・・・!!)
 
 青年を囲む中に、一人の女性が居た。驚くことにその容姿はロアーヌにいるモニカに瓜二つで、違うのは精々が髪型くらいなものだ。そして何より、その女性の腰には今カタリナが捜し求めてやまない聖剣マスカレイドが確かに装着されている。
 
 と、そこで映像は途切れてしまった。
 気がつけばそこは先ほどまでの小さな部屋で、目の前には荒れ果てた石造りの床。
 何時の間にかしゃがみこんでいたようで、立ち上がって周囲を見渡すが、先ほどの少年の姿は何処にも見当たらなかった。注意深く気を張り巡らせても、人の気配を感じない。少なくとも周辺には居ないようだった。
 右手に指輪を握り締めた状態のカタリナは、ゆっくりと夢から覚めるように頭を軽く振ると、目を見開いた。
 
「・・・この指輪は・・・」
 
 いつの間にかしっかりと握り締めていた指輪を再度眺め、先ほどまで流れていた映像をカタリナは思い返していた。
 青年が目の前の女性に渡していた指輪、おそらくそれがこの指輪であった。そして、モニカに瓜二つの女性がマスカレイドを帯剣していた。
 
(・・・今現在・・・の風景ではなかった。ずっとずっと昔・・・皆そんな感じの服装だった。だとすると・・・?)
 
 あのマスカレイドを持っていた人物は、カタリナでさえ一瞬見間違えるほど、確かにモニカに瓜二つだった。そして、その腰に帯刀していたマスカレイド。こればかりはカタリナが見間違えるはずのないものだった。
 
(白昼夢・・・にしちゃ、いやにはっきりした映像だったし、鮮明に覚えている・・・。あの女の人・・・あれほどの容姿の酷似具合なら、恐らくあの方はロアーヌ公家に連なる方・・・。そしてマスカレイドを持っていたとなると・・・)
 
 自らが先代のロアーヌ侯爵フランツよりマスカレイドを預かりうけた際に教えられた、その歴史を思い返す。
 マスカレイドの初代の持ち主は、聖王に仕えた十二の将の中でも一際武勲を立てたとされる聖王三傑の一人にして初代ロアーヌ候であるフェルディナントの妃、ヒルダだ。だとすると先ほどの映像に出てきた女性は、ヒルダであると考えるのが自然だろうか。
 確かにそうであるならばつまりはミカエルやモニカの先祖であるから、容姿が似ているのも納得はいく。
 
(でもそもそも、なんでそんな風景が・・・?この指輪に触れた途端っていうことは・・・この指輪はなにか聖王様に関わりのある品・・・ということなのかしら・・・。いやそもそも、そんなものを持っていたあの少年は一体・・・)
 
 しばらく指輪とにらめっこをしながら悩んでみたカタリナは、気を取り直すと指輪を腰に下げた小物袋の中に入れた。
 残念ながら自分の中の知識では、これ以上の考察による進展はないと判断したのだ。
 
「・・・兎に角もう少しだけ進んでみて、これ以上魔物が多く見られるようなら流石にゴン君もそんなところには居ないはずだし、一端さっきの場所に戻ろう・・・」
 
 そうして、カタリナは一つ息を吐き、下層へと続く扉を押し開いた。


 

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