ロマンシングサガ3 カタリナ編 第一章5

 

「ろくなものも出せないが、まぁそこに座ってくれ」

 

 案内された家の中は、思いのほか掃除の行き届いた清潔な空間だった。所々に見られる老朽化による崩壊は丁寧に補修され、これならば暮らすには十分な空間だ。

 部屋の中央に置かれたテーブルを囲むように配置された複数の椅子のうち二つにそれぞれ二人が腰掛けると、シャールは二人分の珈琲を入れて持ってきた。

 

「トーマス殿には申し訳ないが、いまミューズ様はお休みになられているのだ。とりあえず話があれば私が今は聞こう」

 

 丁度カタリナたちの真向かいの席に座ったシャールがそう切り出すと、トーマスが会釈をして珈琲を一口啜った後、口を開いた。

 

「正直なところ私からは、あまり言うこともないのです。私が祖父から依頼された内容が、ミューズ様とシャール様の捜索でしたから。もしよろしければここ以外の場所に居を構えることをお望みならばご用意はできる・・・と、せいぜい提案としてそれくらいでしょうか」

 

 そういって肩をすくめると、シャールはきょとんとした表情の後、自嘲気味に笑いながら答えてきた。

 

「・・・そうか。それは大変なお心遣い、誠に感謝する。しかし、それは不要だ。私もミューズ様も、ピドナを離れることを望んではいない。かといってルートヴィッヒがいる以上、新市街に居ることはできぬ。故にここにいるのだから」

 

 トーマスはある程度その答えを予想していたのだろう。食い下がることもなく、わかりましたとだけ言ってそれ以上は言わなかった。

 次いで、カタリナが珈琲を啜り、そして語り始めた。

 

「では・・・すみませんが私もお聞きしたいことがあってここに参りましたので、今度は私から幾つかよろしいでしょうか」

 

 シャールはカタリナに視線を向けると、無言で先を促した。

 

「・・・五年前の内乱について、お聞きしたいのです」

 

 カタリナがそういうと、一瞬シャールは表情を曇らせた。だがやはり無言のまま、先を促す。

 

「お二人には辛い過去と存じますが、申し訳ありません・・・。五年前のメッサーナの内乱の際、このピドナにあるレオナルド工房から聖王遺物の一、聖王の槍が盗まれたということはご存知でしょうか?」

「・・・あぁ。その話は聞いている。確か二年ほど前にマエストロも殺害されたという話までなら知っているが」

 シャールの言葉に頷いたカタリナは、続けて口を開いた。

 

「私も実は先代ロアーヌ候フランツ様より預かっていた聖剣マスカレイドを先日何者かに奪われ・・・その消息を追って、このピドナまできたのです。そしてレオナルド工房の話を直接、現マエストロのノーラさんから詳しく聞き、五年前の乱の時にこの町がどのような状況であったのかをお聞きしたく・・・こうして参じた次第なんです」

 

 カタリナがそこまで喋ると、シャールはいまいち要領がつかめないといった表情でカタリナを見返した。

 

「なるほど・・・。しかし、状況といってもそれこそ様々だ。どの辺りのどのような状況を話せばいいのかよくわからない。まさか、ことの経緯から全て話せというわけでもないのだろう?」

「はい。私が特にお伺いしたいのは・・・要は五年前の乱の際、このピドナに聖王遺物を狙うような輩がいたかどうか、ということです。確信でなくとも、どんな小さな手がかりでもいいんです。何か五年前、思い当たることはありませんか・・・?五年前から、少なくとも二年前までは聖王の槍は盗まれた後もこの地にありました。そしてマスカレイドの行方を見るに、おそらく今も・・・」

 

 そこまで言ったところで、カタリナは一端言葉を切って珈琲を啜る。いざ話そうと思うとなかなか上手くいえないらしく、次に語る言葉を捜しているのだろう。

 その様子を察したのか、トーマスが助け舟を入れた。

 

「私も多少は五年前の状況は存じています。あの時はシャール様達もそれどころではなかったと思いますが、それからこの五年間の間にも何かそういった手がかりになりそうな話や物事があれば、ずっとここに居られ続けてピドナを見てきたシャール様からお伺いしたいのです」

「なるほどな・・・。しかしトーマス殿の仰るとおり私もミューズ様も五年前のあの時は周囲を見ている余裕などまったくなかった。クレメンス様が卑劣なるルートヴィッヒの手にかかり、私もそれからしばらくは王宮の地下に幽閉されていたからな。ミューズ様もクラウディウス家の忠臣たちの協力でなんとかルートヴィッヒの魔の手から逃れていたのだ。外を見る余裕などなかった」

 

 そういってテーブルに肘を着いたシャールは、遠い昔のことを思い出すように目を細めた。

 

「ただ・・・五年前のあの時は言わずもがな、ルートヴィッヒがピドナに侵攻してきたのが一番大きな事件だ。メッサーナに上陸した直後の戦いではクレメンス様が勝利した・・・だがその戦いのすぐ後にルートヴィッヒの手のものによってクレメンス様は暗殺されたのだ。そしてクレメンス様をなくした近衛軍団は内部崩壊し、クラウディウス家も粛清された。私も斬首刑のはずであったが、どういうわけか減刑となり・・・」

 

 そういってシャールは右腕を軽く上げた。

 

「・・・この利き腕の筋を切られ、騎士としての戦闘能力を奪われるにとどまったのだ」

 

 カタリナはその腕を見て息を呑んだ。騎士にとってその戦闘能力を奪われるということはほとんど命を奪われるに等しい。少なくともカタリナはそういう考えであるが故に、そのシャールの話はあまりにもカタリナには衝撃が大きかった。

 

「・・・そのような顔をするな、カタリナ殿。もう昔のことだ。それに私は騎士であると同時に術師でもある。筋を切られたとて、もう戦えぬわけではない」

 

 そういって不敵ににやりと笑うシャールの表情を見て、カタリナは表情を正して神妙に頷いた。最初に彼を見たときに感じたその強さは、どうやらフィジカル的なものだけではなかったようだ。この精神面の強さはまだカタリナにはないものであるが故に、彼女にしてみれば少しうらやましくもあった。

 

「・・・あとは、そうだな。五年前から変わったことといえば・・・ピドナにも神王教徒が住むようになった、ということ位か」

「・・・神王教徒・・・ですか」

 

 呼応するようにカタリナが呟くと、シャールは自分の分の珈琲も入れながらぽつぽつと喋りだした。

 

「聖王様を至上とするこの西方諸国にしてみれば、神王教の唱えるような魔王を超え、聖王様をも超えた神王などという存在自体が市民によからぬ思いを抱かせる要因に他ならない。まだそのような存在がいるという事実は欠片もないというのにそのようなことを吹聴するあの輩共に、先王アルバート様やクレメンス様は酷く不安を抱いていらっしゃったからな」

 

 珈琲を入れてテーブルに戻ってくると、ちびちびと珈琲を啜りながら語った。微妙に猫舌なのだろうか。

 

「ルートヴィッヒは元々はピドナの南方、リブロフで力をつけた。その過程でルートヴィッヒはリブロフからナジュ砂漠を挟んでさらに南方にある元ナジュ王国のあった地、神王の塔まで赴き、神王教徒の協力も得て一気に勢力を伸ばしたのだ。ピドナ侵攻を果たした際には厚遇するとでも持ちかけたんだろう。結果として、五年前まではクレメンス様のお力により一切寄せ付けなかったはずの神王教徒がピドナに溢れる結果となった」

 

 まるで口惜しいとでも言いたげに語るシャールに、カタリナも言葉が見つからずただただ珈琲を啜る。

 

「・・・いまではピドナ市民の中にも神王教徒が増え、かつて神王教徒を異端審問にかけていたクレメンス様は、そういった市民の間では弾圧者扱いだ。これでは、あまりにもクレメンス様が浮かばれない」

 

 力なくうなだれるシャールに、カタリナもトーマスもかける言葉が見つからない。

 

「・・・すまないな、話が逸れたようだ」

 

 シャールがすまなそうに頭を下げて珈琲を啜る。

 

『・・・シャール?お客様がいらっしゃっているの?』

 

 不意に、扉の向こう、奥の部屋から女性の声が聞こえてきた。とても柔らかい、綺麗な声だ。

 

「ミューズ様?起こしてしまいましたか、申し訳御座いません」

 

 声を聞いたシャールがすぐさま立ち上がり、声の聞こえた扉の前まで移動する。

 

『ううん、大丈夫よ。それよりも、私もそっちにいっていい?子供たち以外のお客様なんてとても久しぶり』

 

 その言葉を聞いたシャールがこちらを振り向く。トーマスは単にゆっくりと頷くだけだが、カタリナはちょっと緊張していた。なにせ世が世ならばメッサーナ王国第一皇女であったかもしれない人物である。どのような人物なのだろうかと思うと、自らも貴族であるとはいえ今は一介の騎士に過ぎないカタリナからしてみれば、これはえらく稀な体験だ。このような状況でも冷静さを崩さないトーマスが凄い。

 

「・・・はい、どうぞ。お客人もミューズ様にお会いしたいと仰っています」

『まぁ・・・では、失礼いたします』

 

 そういって扉が開かれた。

 最初に見えたのは、丁度時間帯だろうか、奥の部屋の窓から差し込む光だった。一瞬逆光で何も見えない状態から、少しずつその姿がぼんやりと映し出され始める。

 淡い海色の長い髪と、派手ではないが気品の漂う落ち着いた緑色のドレスのような服が見え、そしてそれを身に纏っているのはとても線の細い、可憐で、とても美しい女性だった。

 

「・・・はじめまして。ミューズ=クラウディア=クラウディウスと申します」

 

 丁寧にお辞儀をするミューズに、呆然としていたカタリナとトーマスはあわてて立ち上がり、それぞれに頭を下げる。カタリナにいたってはロアーヌ式の候族に対する敬礼までしてしまう始末だ。

 

「申し遅れました。私は貴方様のお父様と懇意にさせて頂いていたメッサーナベント家の一子、トーマス=ベントと申します」

「ロアーヌの地より参りました、騎士、カタリナ=ラウランと申します」

 

 それぞれに頭を下げる二人を見て、ミューズはとても楽しそうに笑いながら二人へと歩み寄った。

 

「こんなにお客さんがいらっしゃるのはとても久しぶりだわ。ようこそいらっしゃいました。ごゆっくりしていらしてください・・・・あ、シャール、何かお菓子とかなかったかしら?」

 

 言葉のとおりこの場所に人が来るのは珍しいのだろう。ミューズはまるではしゃぐ子供のように、笑顔を絶やさぬままで喋り続ける。

 

「ミューズ様、あまりお動きになるとお体に障りますから・・・」

 

 そんなミューズを心配するようにシャールが付き従う。

 

「大丈夫よ、シャール。今日は調子がいいの」

 

 そういって部屋の棚から焼き菓子を取り出すミューズは、シャールに向き直ってにこやかに言う。そんな二人をみながらカタリナとトーマスはどうしていいかわからず、とりあえず固まっていた。

 

『ミューズ様こんにちはー!』

 

 そこに、更なる声が。声に反応して全員が入り口に振り向くと程なく扉が開かれ、帽子を深くかぶった小さな子供が入ってきた。

 

「あら、こんにちは。ミッチもお菓子食べる?」

 

 子供の姿を確認したミューズがしゃがみこんで出迎える。ミューズに駆け寄った子供はうれしそうに抱きつきながら、今度は不思議そうにカタリナとトーマスに視線を向けた。

 

「心配するな、ミッチ。このお二人は我々の古い知り合いだ。ミッチにも他の皆にも優しくしてくれる」

 

 すかさず、シャールがそう口を挟む。言葉に合わせてシャールを見上げたミッチは、にっこりと笑顔で頷きながら来訪者の二人に近づいた。

 

「はじめまして・・・ミッチです」

 

 思いのほか丁寧にお辞儀をするミッチ。ミューズ仕込みなのだろうか。それにあわせて二人もしゃがみこみ、笑顔で応えた。

 

「はじめまして。私はカタリナよ。よろしくね、ミッチ」

「私はトムっていうんだ。ちゃんとお辞儀が出来てえらいね、ミッチは」

 

 そういってトーマスがミッチの頭を優しく撫でる。照れくさそうに頭を抱えるミッチを見て微笑みながら、トーマスが立ち上がった。

 

「あ、そうだミューズ様っ!今日は起きても大丈夫なの?」

 

 頭を撫でられていたミッチが、思い出したようにミューズに振り返る。先ほどのシャールの言動も加味するに、ミューズはなにか病気なのだろうか。

 

「ええ、大丈夫よ。今日はとても調子がいいの。ゴンや他の子達は?」

 

 しゃがんだ体制のままミューズがミッチに聞くと、ミッチは跳ね回りながら家の外を指差した。

 

「ゴンはね、へんなマント姿の人たちを追ってまおーでんにいったよ!」

「え・・・?魔王殿?」

 

 ミューズが怪訝な顔をする。途端にシャールもしゃがみこみ、あくまでも柔らかな口調のままでミッチに声をかけた。

 

「ミッチ、それは本当かい?」

 

 シャールの言葉に頷くミッチ。そうか、といって立ち上がったシャールは、カタリナとトーマスに向き直った。

 

「・・・すまない。私は急ぎ魔王殿にいってくる。あそこはアビスの瘴気が強く残りすぎている。魔物も内部にはいるから、早くゴンを連れ戻さなくては」

「シャール・・・」

 

 心配そうにミューズがシャールを見上げる。その声に向き直ったシャールは、大丈夫だとでも言いたげに余裕の表情で笑った。

 

「ご心配なさらないで下さい、ミューズ様。ミッチを、お願いします」

 

 その言葉に頷いてミューズはミッチを抱きしめる。それを確認したシャールは、部屋の片隅に立てかけてあった布に巻かれた長い棒のようなものを手に取ると、すぐさま出口へと向かう。

 

「まって、シャールさん。私もいくわ」

 

 シャールの背中に向かってカタリナが呼びかける。

 

「一人よりも三人のほうが見つけるのも早いでしょう」

 

 間髪居れずにトーマスも歩み出た。

 

「・・・すまない。恩に着る」

 

 シャールは軽く頭を下げると、再びミューズに向き直った。

 

「では、行って参ります。ミッチ、私がちょっと留守にする間、ミューズ様と一緒に居るんだぞ?」

「うん、シャール様っ!」

 

 元気よく返事をするミッチを背に、シャールは急ぎ足で家を出て行った。

 

「ではミューズ様。私達も一端失礼します」

「・・・ゴンを、お願いします」

 

 カタリナがそういうと、ミューズはまだ少し心配そうな顔でこちらを見上げながら、ぺこりと頭を下げた。

 そんな彼女の言葉を最後に、カタリナとトーマスもシャールを追って家を後にした。

 

前へ 次へ

 

第一章・目次