「・・・ごめんくださーい」
市街地からは若干離れた高級邸宅の並ぶ住宅街の一角で、カタリナはやけに立派な館の門を叩いていた。
レオナルド工房にて数日の寝泊りを繰り返し、この日も大して眠れぬままに朝を迎えたカタリナは、とにかく午前中はここ数日の習慣に則ってメインストリート周辺で情報を集めることに終始した。
しかしこの日も困ったことに成果は全くといっていいほど無く、これまたここ数日と同じく、結局は途方にくれながら最早行き着けのお店となりつつある喫茶兼パブのヴィン・サントで遅めのランチをする羽目になったのだ。
そこでサンドイッチにかぶりつきながら、そういえば数日前もミュルスで同じような日々を過ごしていたな、と回想するカタリナ。そうして困っているときにトーマスが現れたんだっけ・・・などと考えていた折、彼女はある一つのことを思い出した。
ピドナに来る前にミュルスで世話になったトーマスが別れ際に彼女に残してくれた、一枚の紙きれだ。
そこにはある一つの邸宅を示す住所が記載されており、確かにトーマスはあの時、困ったらここにきてくれと言っていた。それに思い至ったカタリナは、いても立ってもいられなくなり、行儀悪くもサンドイッチを咥えながら急いで昼下がりのヴィン・サントを後にしたのだ。
「・・・ごめんくださーい・・・」
返事が無かったので再度呼びかける。しかし今度も全く返答は無い。
「・・・留守・・・なのかしら」
何度戸を叩いても返答は無く、カタリナはその場に棒立ちのままとりあえず途方にくれた。
(そもそもトーマスってシノンの開拓民・・・よね。よくよく考えれば、開拓民がこんなところにいるはずが・・・。さては一杯食わされた・・・?)
あまりの反応の無さに諦めから疑り始めたカタリナだったが、諦めずに何度目かのチャレンジを敢行したところ、ようやく大きな扉が開いた。
かと思ったら、顔を覗かせたのはトーマスではなく老年の男性。やはり騙されたかとカタリナが思った瞬間、老人はずかずかとこちらに歩み寄ってくると、カタリナの目の前まできて急停止した。
「・・・!!?」
そのあまりの勢いにたじろぐカタリナ。そんなカタリナの様子には目もくれず、まるで値踏みするかのようにカタリナの全身を眺めた後、老人はようやく口を開いた。
「我がハンス商会に何の御用ですかな?商談・・・というわけではなさそうですが?」
そうして初めてカタリナの顔に向けられた老人の眼光は、その外見からはとても想像出来ないほどにギラギラと輝いていた。正直、これはちょっと恐い。
「あ・・・えっと・・・トーマスさんの紹介で・・・」
そこまでどうにかして口にしたカタリナだったが、その先は言えなかった。老人の目が、ギラギラした瞳がさらに見開かれたのだ。悪鬼を前にしても動じることの無かったカタリナが、今は間違いなくこの老人に威圧されていた。
「ほほぅ、トーマス様の知り合いかねっ!!」
半分叫びに近いその老人の声に、完全にカタリナは怖気づいた。そしてわけも分からぬままに老人に手を引かれ、強引に館の中に連れ込まれてしまった。
「トーマス様ならば奥の扉の左通路突き当たりにいらっしゃるっ来るがよいっ」
中に入ったカタリナは、そのまますたすたと歩いていく老人の後を追うので精一杯だった。
老人の後を追いながら館の中をこっそりと観察すると、そこは装飾こそ質素なものであったが、しっかりした骨組み、高く設けられた天井、統一された木目の壁。洗練された素晴らしい作りの館だった。
そのまま老人に案内されるがままに館の奥へと進んだカタリナは、廊下の端の部屋の前まで案内された。
「ここがトーマス様の部屋じゃ。無礼のない様にするのじゃぞ」
それだけいうと、老人は来た時とは比べ物にならないくらいにゆっくりとした動作でカタリナの前から去っていった。
「・・・凄腕の執事・・・かなにかかしら」
しかしその割にはトーマスの名前を出しただけでここまで案内されてしまう辺り、あまりに無用心な気がしなくもなかった。だが物事は前向きに考えなくてはならない。とにかく気にしないことが一番だという結論に至ったカタリナは、深呼吸をした後、目の前にある扉を静かに二度、ノックした。
『どうぞ』
程なく、中から聞き覚えのある声が聞こえてくる。確かにこの扉の向こうには、トーマスがいるようだ。
「失礼します」
そういって扉をあけると、まずカタリナの目には大きく設けられた窓が目に映った。正午過ぎのやわらかい日差しが部屋の中に差し込む中、その光を少し避ける位置に設けられた机に向かっている状態のトーマスの背中が、視界に入った。
カタリナが部屋に足を踏み入れると同時にトーマスがこちらを振り向く。その姿は先日ミュルスで見かけた姿と全く変わらない。間違いなくトーマスのようだ。
「・・・カタリナ様ではないですか。意外と早い再会でしたね?」
冗談っぽく笑みを浮かべながら来客を迎えるトーマス。カタリナはぺこりと頭を下げると、トーマスの近くまで歩み寄った。
「急に押しかけて申し訳ありません。先日の礼も出来ないうちに本当に申し訳ないのですが、もう一度貴方を頼らせてほしいのです」
トーマスの横に立って率直にそう切り出したカタリナに、トーマスはとりあえずすぐ隣にある椅子を指し示した。
「まぁとりあえずお座り下さい。私もピドナに到着したばかりですこしバタバタしていますが、早速の来客、うれしいものです」
好意に甘えてカタリナが椅子に座ると、すかさず先ほどの老人が紅茶を持ってきて、机に置くとすぐさま去っていった。相変わらずのすばやい動きにカタリナが目を奪われていると、見慣れているのか気にもしない様子のトーマスは紅茶を一口啜って口を開いた。
「それで・・・私を訪ねてきたということは、何かしらの新たな情報を欲している、ということですか?」
「・・・ええ、その通りです。聖王遺物に関して、聞きたいことがあるのです」
「聖王異物・・・ですか」
首を傾げるトーマスに向き直って、カタリナが語り始めた。
「五年前に・・・このピドナの町にあるレオナルド工房に祭られていた聖王の槍が盗まれたのは、貴方なら存じていらっしゃるかと思います・・・隠しても仕方が無いので申し上げますが、実は私も先日、情けないことにフランツ様より預かっていた聖剣マスカレイドを何者かに奪われてしまったのです。ミュルスで探していたのは、その奪った男のことだったのです」
口早に語るカタリナの言葉に静かに耳を傾けながらトーマスが一口紅茶を啜る。視線で先を促され、さらにカタリナは続けた。
「そして遡ること二年前・・・・奪われた聖王の槍を求めて旅をしていた当時のレオナルド工房のマエストロが槍がこの地にあることを突き止めてピドナに戻ってきて・・・・数日後には死体となって港で発見された。現状、聖王の槍も私のマスカレイドも、このピドナで消息を絶っていることになります。それを元に、調べてほしいことがあるのです」
そこまで言ってカタリナも紅茶を口にする。
あの老人が淹れた紅茶なのだろうか。ロアーヌ宮廷の給仕の淹れるそれよりもずっと美味しい。今度淹れ方を教えてもらおうか等と思いながら外の日差しを避けるように少し椅子をずらし、改めてトーマスに向き直ると、今度はトーマスが口を開いた。
「調べるとなりますと・・・ピドナで消えたその二つの聖王遺物の行方・・・ということでいいんですか?」
「・・・それが調べられれば勿論そうしてもらいたいのですけれど・・・レオナルド工房の前マエストロの一件を聞いても、それを直接追っていてはどうも危険な香りがします・・・。ですから、もう少し別のことを調べてもらいたいのです」
そういって、カタリナは自分の懐を探った。程なく目当てのものを見つけた彼女が懐から手を出すと、そこには事前にノーラから預かっていた赤珊瑚のピアスが握られていた。
「前マエストロが残した、聖王の槍への手がかり・・・。この赤珊瑚のピアスと・・・ジャッカルという言葉について調べてほしいのです」
取り出されたそのピアスを見て目を細めるトーマス。カタリナが無言で差し出すと、トーマスはそれを受け取ってじっくりと眺め、少しずり下がった眼鏡を戻して再びカタリナに視線を戻した。
「純正の赤珊瑚ですね。これは、南方諸国・・・グレートアーチなどでよく見られる特産物でしょう。それとジャッカルという言葉ですが・・・まぁ動物のそれではないでしょうね。だとすれば、これも同じく南方の温海沿岸付近で過去に悪名をはせた海賊ジャッカルのことではないでしょうか」
トーマスの言葉に注意深く耳を傾けていたカタリナは、そこまで聞いて考え込むように腕を組んだ。
「南方諸国・・・ですか。なんだかピドナから一気にかけ離れましたね」
「そうですね・・・。それに赤珊瑚はともかく、海賊ジャッカルは十年以上前に死んだらしいので、二年前にその単語が出てくるのもおかしな話ですね」
机に肘をついて一緒に考えるトーマス。
「・・・とにかくこの手がかりの出所が分かっただけでもありがたいことです。これについてはまた私のほうでも考えてみます。まだ、聞きたいことはあるのです」
そういってカタリナは一歩身を乗り出した。
「二年前のことについては今の情報を元に私でももう少し掘り下げて調査してみますから・・・五年前、聖王の槍が奪われた当時のことを調べて欲しいのです。何か当時の事件の詳細の中に、手がかりが他に見つかるかもしれませんので」
カタリナの言葉に、トーマスはしばし考え込んだ。
そのまましばらく動かずに考え続けていたトーマスは、ふと入り口へと眼をやり、ドアの外に人の気配がないことを確認してカタリナに向き直った。
「・・・五年前の事件についてなのですが・・・」
そういうと、トーマスは残りの紅茶を飲み干して立ち上がった。
「詳しく詳細を知っている方がいます。元々会いに行く予定でしたから、もしよろしければ今からカタリナ様もご同伴願えますか?そのほうが話も早いでしょう」
「本当ですか!?是非お願いします」
そういってカタリナも同じく紅茶を飲み干し、ご馳走様といってから立ち上がった。その姿を確認したトーマスはドアを開けると、カタリナを誘導しながら入り口に向かった。
「サラ、少し出かけてくるよ。すまないが荷物の収納を進めておいてくれ」
『はーい』
廊下を歩きながらトーマスがおもむろに発した言葉に、どこかの部屋から返事が聞こえてくる。サラとはロアーヌ宮廷の謁見の間であった、あのサラのことだろうか。だとすると他の開拓民の面子も着ているのかもしれない。
(・・・まぁ、私にはあまり関係のない話か・・・)
そこで思考を終了させると、カタリナはさっさとトーマスの後についていった。
「・・・あの人もピドナに着ていたんだ・・・。やっぱりトムの彼女だったのね・・・」
こっそりドアの隙間からその様子を覗いていたサラは、にやりとしながらそんな二人を見送っていた。
外に出ると午後の暖かい日差しの中、あいも変わらずビジネスマン達が忙しなく歩道を闊歩していた。
「この辺りは古くからピドナの商業に関わる連中が密集していましてね。必然的に事務所ばかりなので、メインストリートとはまったく別の町のようになってしまっています」
ピドナを歩きながら世間話感覚でそんなことを教えてくれるトーマス。それに答えながら、カタリナは改めてこの町の広大さに呆れるのだった。
「なるほど・・・。ロアーヌ城下町なんてこのピドナの商業区よりも狭いというのに、つくづくこのメッサーナと言うのは人と資材が余っているのですね」
商業区からメインストリートへと向かう中、人ごみは全くといって尽きることはなかった。歩道のどちらにも人がずらずらと並んで歩き、ストリートでは絶える間もなく馬車が往復を繰り返している。
「そういえば貴方は、もともとピドナが地元なのですか?あんな屋敷に住んでいますし・・・何故シノンの開拓村に?」
カタリナがあまりに不思議そうに尋ねてきたのだろう、トーマスはその言葉に苦笑いを浮かべながら答えた。
「いえ・・・私は元々シノンの生まれですよ。ただ、私の祖父がこの町の出身でしてね。もともと我がベント家は祖父がシノンに移るまでは、メッサーナの名族であったそうです。あの屋敷は私の又従兄のものです」
「メッサーナの名族・・・」
道理でトーマスはあの時会った開拓民の中でもずば抜けて紳士的なわけだ。おそらくはその祖父とやらの教えなのだろう。この若さにしてこの物腰は、徹底した教育でも受けない限り一般市民が身につけられるものではない。カタリナの知る限りでは貴族ですら、トーマスと同じ年でトーマスほどしっかりした人物はそうそういなさそうだった。
「祖父は時のベント家の長男でしたが、家督を弟、私の大叔父に当たる人物に譲ってシノンの開拓民になりました。で、私がそのままそこで生まれたわけです」
「なるほど・・・」
メッサーナの名族ともなれば、おそらくロアーヌの上流貴族をも凌ぐ財を有しているだろう。その家督を捨ててまでシノンの開拓民になるとは、一体トーマスの祖父に何があったのだろうか。
「今回はその祖父に命じられて、ピドナに遊学という形で渡ってきたのです」
そういいながら、トーマスは人ごみを下げて路地裏に入った。
「なかなか厳しそうなおじいさまなのですね」
それに習って路地裏にカタリナももぐりこむと、トーマスはさらにその奥へと進んでいく。
「そうですね。開拓村では皆に一等恐がられていましたよ。でも確かに厳しくはありますが、偉大な祖父です。祖父無くして、今の私もありえませんから」
先ほどまでごった返していた人通りが途端にまばらになり、密集した建物の影で太陽の光りもほとんど当たらない道をトーマスは迷うことなく進んでいく。
「・・・その五年前の事件に詳しい人というのは、こんなところに住んでいるのですか?」
周囲の雰囲気が一変したことに驚きながらカタリナが尋ねると、トーマスは足を止めることなく進みながら答えた。
「いえ、まだ先です」
そういってトーマスは路地裏から開けた道まで出ると、そこで一端止まった。
カタリナがそれに習ってトーマスの横まで出てくると、そこにはもう一つ、先ほどまでのピドナとは明らかに違う町が広がっていた。
「ここは・・・ピドナの旧市街です。聖王様の時代以前に人々が住んでいたとされる町・・・。今となっては、現在のピドナ市街からあぶれた浮浪人や税を納められぬ貧民の住処となっています」
トーマスの言葉を聞きながら、ゆっくりと辺りを見渡す。どうやらこの旧市街は盆地になっているらしく、そこかしこが湿っている。空気もじめじめしており、半壊した建物からこちらを伺う人々の視線はどう見ても歓迎のまなざしではなさそうだ。
「・・・行きましょう」
そういうと、トーマスは目の前の階段を下りて旧市街へと入っていった。躊躇っていても仕方がないので、カタリナもすぐさま後を追う。
「・・・気をつけてください。私達のような人間が歩いていると、物乞いと引ったくりが際限なく群がってきます」
トーマスがそういう間にも、既に遠巻きに二人の周りには人が集まり始めていた。奇異の視線は二人の服装や装飾品に向けられ、今にも飛び掛ってきそうなほどに目をひん剥いた輩までいる。
そういっている間にも、建物の間から一人、男が飛び掛ってきた。
「その服をよこせっ!」
「!、カタリナ様っ」
トーマスがあわてて振り向くと、丁度飛び掛ってきた男がカタリナの裏拳で勢いよく後方へ転がっていくところだった。途端に、周囲の野次馬からどよめきが起こり、二人を取り巻く包囲網が後退していく。
「ご心配は無用です。こういうのはお手の物ですから」
男を殴り飛ばした拳をぱしぱしと叩きながらカタリナが答える。それをみたトーマスは肩をすくめ、再び歩き出した。
「・・・ここにはああいう悪人もいますが、やむなくここに住まざるを得なくなってしまった人々もたくさん居ます」
「・・・その事件の詳細を知っている方というのは、そういう事情の人・・・ということなのですね?」
時折道を確かめるように辺りを見回しながら歩いていたトーマスは、カタリナの言葉に頷いた。
「はい・・・ただ、そのお方は他のここに住む方とは少し違った事情をお持ちではありますが・・・」
そういいながら、ようやくトーマスはある一点で足を止めた。カタリナも一緒に止まると、その目の前には比較的この旧市街に立ち並ぶ建造物の中ではまともな佇まいの家が立っている。元はしっかりした作りの屋敷か何かだったのだろうが、今は見る影もなく部屋の一角を残すだけとなってしまっていた。
「・・・ここのはずです」
「ここの・・・はず?」
トーマスの言葉にカタリナが首をかしげる。するとトーマスは苦笑いをして頭を掻きながら答えた。
「いや、実は私もここを伺うのは初めてでして・・・」
はっはっは、と笑いながら答えるトーマス。しかしカタリナにとっては笑い事ではない。
「初めて・・・って、あの、本当に大丈夫なのですか?」
カタリナが不審そうな表情で見やるとトーマスは姿勢を、次いで眼鏡を正し、改めてその住居を見上げた。
「・・・実はここをたずねることが、今回私がピドナに渡航してきた最大の目的なんですよ。・・・ここには、祖父の旧友にして元メッサーナ王国近衛軍団長であるクレメンス様のご息女様がいらっしゃるはずなんです」
「元近衛軍団長クレメンス様の・・・ご息女っ!?」
あまりの大人物の登場に、カタリナは驚きを必死に抑えながら答えた。今でこそルードヴィッヒがその地位についているが、その前に一番王位に近かった人物の娘が居るというのだ。驚かないわけにも行かない。
「はい・・・。五年前の内乱の際にクレメンス様を当主としていたクラウディウス家は没落し、当のクレメンス様もお亡くなりになり、ここに・・・そのご息女様が逃げ遂せているはずなんです」
トーマスの説明を聞きながら、半開きになった口を閉じることも忘れてカタリナがその住居を見上げる。あまりに突拍子のない話に半分現実感が薄れてはいるが、とにかくもし本当にそんな令嬢がいるのならば、五年前の事件については確かに誰よりも詳しそうだ。
「・・・そこで何をしているんだ?お前たち」
『!?』
突然背後から聞こえた男の声に、トーマスとカタリナがオーバーリアクションで振り向く。するとそこには、この貧民街には似合わず健康的な褐色の肌をした男が仁王立ちしていた。
「・・・服装を見る限りではこの辺りの住民ではないようだな。用がなければお帰り願おうか」
喋る間も男は仁王立ちのままだが、その佇まいはカタリナの目から見ても、ほとんど隙のない立ち振る舞いだった。
(・・・この男、相当強い・・・)
思わずカタリナが構えると、いよいよ男は目つきも厳しく二人を見据えてきた。
「女よ、武道の心得があるようだが・・・私はここで事を起こす気はない。やるつもりならそれなりの場所へ案内しよう」
そういって大胆にも二人に背中を向けて歩き出す男に、トーマスが呼びかけた。
「お待ち下さい・・・シャール様!」
そういってトーマスが呼ぶと、男はすぐさま止まってこちらを振り向いた。
「・・・私を知っているのか。ルートヴィッヒの手の者・・・というわけでもないようだな。何者だ?」
「申し遅れました。私、クラウディウス家とは大変懇意にさせて頂いていたメッサーナベント家の、トーマスと申します」
礼儀正しくお辞儀をしながらトーマスがそういうと、今度はシャールが大層驚いたような表情を浮かべながらトーマスをまじまじと見つめた。
「ベント家・・・?まさか、クレメンス様と旧友であらせられたという・・・」
「はい。今はシノンで農場を経営している・・・とまで言えばシャール様には十分お分かりいただけますでしょうか」
頭を上げながらトーマスが答えると、シャールと呼ばれた男はこちらに歩み寄ってきて、トーマスの顔をもう一度よく見つめた。
「・・・確かに、私が昔見たあのお方と目がよく似ておられる。知らぬとはいえ、これは大変な失礼をした」
シャールはしっかりと姿勢を正すと、トーマスに向かって頭を下げた。
「頭をお上げ下さい、シャール様。私とて今はシノンの開拓民に過ぎません。今日は祖父より・・・ミューズ様の捜索を依頼されてここに参上いたしました」
「そうであったか。わざわざ遠方のシノンより、良くぞ参った、ベント家の子よ。入ってくれ、ミューズ様の下へ案内しよう」
そういってトーマスの横を通り過ぎようとしたシャールは、構えを解いて二人を見ていたカタリナの姿に目が留まった。
「・・・ところでトーマス殿。こちらは・・・?トーマス殿の従者か?それとも奥方か何かか?」
トーマスに振り向いて伺いを立てるシャールに、カタリナは半分呆れ顔で答える。トーマスはそれを見ながら苦笑いを浮かべつつ、ゆっくりと弁明した。
「いえ・・・その方は、ロアーヌの騎士であらせられる、カタリナ様ですよ。本日はどうしてもお聞きしたいことがあるとの事で、私の判断でご案内いたしました」
「カタリナ・・・?聞いたことがある。確か、稀代のロアーヌ騎士にして聖剣マスカレイドの使い手であったな。トーマス殿の判断ならば心配は要らぬだろう。先ほどは失礼した。我が名はシャール。歓迎しよう、カタリナ殿」
「いえ、こちらこそ急な訪問となり申し訳ありません。シャールさんの立ち振る舞いのあまりに隙のない姿に構えてしまった無礼、どうか武人の性とお許し下さい」
そういってシャールに頭を下げると、シャールはそれに気さくに答えて二人を家の中へと案内した。