ロマンシングサガ3 カタリナ編 第三章6

 

 ランスは長閑な街であるが、最近は季節を問わずに聖王廟を訪れる人々が絶えない為、三件ほどある宿はどこも大いに賑わっている。
 死蝕以降は特に訪れる巡礼者が多いそうで、ここの宿屋と陸送隊は連日大忙しなのだそうだ。
 そんな宿の中の一つ、最も小さな宿場のこれまた小さな食堂にて、カタリナ、ポール、エレンの三人がテーブルを囲んでいた。
 
「ダメなのよね、私。ああいうお願いされると、絶対断れないの」
 
 子羊のローストを頂きながら、カタリナがぼやいた。
 すると此方はオッソブーコを突きながら、ポールがパンに手をかけつつ口を開く。
 
「いやぁ、あんたなら絶対受けると思ったね。しかしあの決め台詞は、格好良かったぜ。惚れるねぇ」
 
 ポールのその言葉に、大盛りの子羊のラグーソースパスタを食べていたエレンが興味深げに身を乗り出した。
 
「何々、カタリナ様はなんていったの?」
「シビれるぜ?『私の中には常に誇り高きロアーヌの騎士道精神が在る。ロアーヌ騎士には、貴方とお父上の痛切なるその願いに応じぬ薄情者はいないでしょう』ってさ」
「うっわ、かっこいい!」
「傷口に塩を塗らないで頂戴・・・」
 
 はぁ、と大きく嘆息しながらカタリナが椅子の背にもたれると、ポールとエレンは声をあげて笑った。
 
 あの後ヨハンネスはまた夜の観測に備えて寝に帰り、カタリナとオウディウスは聖王遺物のことやその盗難事件、魔王殿のゲートでの詳しい経緯などの情報交換を行なった。
 特に真新しい情報は得られなかったが、聖王家でも聖王の槍の一件は聞き及んでおり、その他にも聖王遺物が眠るとされる各地方での盗掘の活発化などが情報として入ってきていたようだ。
 そしてこの聖都ランスにある聖王廟にも、三つの聖王遺物が保管されているという。
 聖王が設けた試練の間がそれぞれの宝具へと続く道にあり、その試練を越える力のある物を待ち続けているのだそうだ。
 そこで、ポールが一つの提案をした。相手が聖王遺物を狙っているのであれば、こちらがそれを持っていればわざわざ探さずとも相手から来るのではないか、と。
 結局色々なお願いの関係もあって返すことはせずに今現在も王家の指輪を所持しているカタリナだが、これは経緯から見てもあまりにも非公式な所持だ。恐らく関係者以外は誰もカタリナの所持を知らないだろう。それにこれは残る八つの光を選定する為にも必要なものなので、囮として使うには些か荷が重い。
 そこで彼女らはオウディウスに断りをいれ、聖王廟の試練に挑戦して堂々と聖王遺物をゲットすることにした。
 そしてまずは挑むまえに巡礼、その前に腹拵えだと宿に向かい、そこにいたエレンと再会したのだった。
 
「聖王廟の聖王遺物、ねぇ。それならハリードが挑戦してるから、聞いてみると良いんじゃない?」
「ハリードも此処にきているの・・・?」
 
 エレンの口から意外な人物の名前が出てきたので、カタリナは眉を潜めながら聞き返した。
 ハリードとは、これまたエレンと同じく以前にロアーヌ宮廷で会ったきりだが、ミカエルに対するあの失礼な態度はカタリナには忘れられるはずがない。
 
「うん。ロアーヌから此処まで、一緒に来たんだ。私、ロアーヌで妹のサラと喧嘩しちゃってさ・・・。あの子はトムについていくって二人でピドナに行っちゃったし、ユリアンは宮廷のモニカ様護衛隊にご就職。私だけシノンに戻るのもなんかなぁってモヤモヤしてたら、あいつが強引に『お前も一緒に来い』・・・って」
 
 ことの経緯の割にはそんなに悲観しているわけでもなさそうで、はにかみ笑いをしながらエレンが言った。
 カタリナがそんなエレンにピドナでの二人の事を話そうかと思った矢先、ポールが大げさな仕草で天を仰ぐ。
 
「なーんだ、エレンちゃんは既に男付きかぁ。まぁこんだけ美人なら仕方ねぇかぁ」
「ち、ちょっと、私とあいつは全然そんなんじゃ無いわよ!?」
 
 途端に抗議の声を上げるエレン。その顔が仄かに紅いのは、図星だからなのかウブだからなのか。何れにせよ、カタリナからすれば良い趣味とは言い難い。
 
「で、そのハリードってのはどんな奴なのよ」
 
 ポールがエレンの反応に意地の悪そうな笑みを浮かべながら聞くと、エレンはムッとしながらも口を開いた。
 
「・・・強い男ね。毎晩戦闘技術を習っているんだけど、効果的且つ理路整然としてて分かりやすいし、実際にあいつが戦う姿は・・・綺麗ね」
 
 ニヤニヤが止まらないポールを軽くにらみながら、しかしエレンはハリードのことをよく認めているようだ。
 
「まぁ、強いのは当たり前なんだけどさ・・・。だってあいつ、冒険者連中の間じゃあ本当に有名なんだもの。トルネードの名前のおかげで仕事も尽きないし」
「トルネード・・・?おいおい、冗談じゃないぜ、それ伝説の傭兵じゃねぇか」
 
 トルネードの言葉に過敏に反応したポールが大げさにかぶりを振りながら言うと、今度はエレンが得意そうな顔でにやりと笑った。
 
「大抵私が話をすると、皆そんな反応よ」
「ま・・・ミカエル様が同行させた位だから、実力は認めるけれどね・・・」
 
 カタリナもハリードの雷名には頷くところのようだ。ロアーヌを発つ前にゴドウィンの変の時に従軍した兵から、戦場でのハリードの勇猛果敢な戦ぶりは聞き及んでいた。
 てっきりミカエルの指揮の元で撃破したと思っていたゴドウィン軍本体とそれに連なる幾つかの合戦も、全てハリードの指揮で打ち破ったと言うのだから、戦闘能力は言うに及ばず、指揮能力もずば抜けているのだろう。
 でなければ、いきなりの合戦で初対面で癖もわからぬ軍隊を率いて大差の勝利を果たすなど、考えられない。戦闘は兎も角として、指揮能力は傭兵暮らしで身につく物ではない。或いはハリードは今は亡きナジュ王国の将軍か何かだったのかもしれない、などという予測もカタリナの頭に過る。
 
「え、マジで言ってんの・・・。はぁぁ、ったく、カタリナさんと旅してると、毎日がドッキリだな・・・」
 
 二人の反応を見て疑惑心をなくしたポールは、呆れて赤ワインを飲み下しながらぼやいた。
 
「・・・しかし、かたやロマンス気味な傭兵ぐらしの旅路、かたや世界を救うスパルタ修行の旅の男女とは、俺もくじ運がねぇな」
 
 此処数日の夜の戦闘訓練と言う名のフルボッコに対してか、ポールは片眉だけを器用に上げながら言った。
 カタリナは勿論、知らん顔だ。
 
「だ、だから!こっちだってそんなんじゃ無いって言ってんでしょ!誰があんなおっさんなんかとぅわっ!?」
 
 なおも反論を上げていた所に突然頭に何かが乗った事に驚いて、エレンが声を上げる。そして振り向くとそこには、特徴的な砂漠の民の服装に黒い肌、そして腰には曲刀を提げたおっさんこと、ハリードが立っていた。
 
「大衆食堂のど真ん中で人のことをおっさん呼ばわりとは、良い度胸だな、えぇ?」
「うげ、今日は早かったのね」
 
 うら若き乙女にあるまじき声でハリードに答えたエレンには、どこか先程までの三人での会話にはない雰囲気を感じる。
 これはいよいよご趣味がよろしくないと半眼になるカタリナに、今度はハリードの視線が向けられた。
 
「よう」
「・・・お久しぶりね、ハリードさん」
 
 気軽にハリードに声をかけられ、これには外面と思い切り分かる笑みで応えるカタリナ。
 だがハリードは何ら気にする事なく、ちらりとポールに視線を向けた。
 
「なんだ、あんたミカエル候にゾッコンっぽかったのに、その男に乗り換えたのか?」
「流石は音に聞くトルネードさんらしい、センスの欠片もない冗談ね?」
 
 煮えくり返る脳内を努めて抑え、笑みを絶やさずにカタリナが答えた。やっぱりこの男は好きになれそうにない。
 ポールは冷や汗を垂らしながら冷たい火花を散らす二人を見比べ、エレンは未だに頭に載せられている手を払いのけようとしている。
 
「は、まぁそう怒るなよ。美人が台無しだぞ。所であのおてんば姫の侍女さんが、一体こんな所で何をしているんだ?」
 
 漸くエレンの頭から手を退かしつつ、空いていた席に腰をおろしながら早速質問を飛ばしてきた。
 貴方にお話しする必要はなくてよ、ハリードさん。と頭の中では直ぐに答えたくなったものの、ここは冷静に言葉を選ぶカタリナ。
 ピドナのトーマスやサラの言葉を信じれば、このハリードと言う男は聡明であり、聖王遺物にも詳しいとのことだ。こちらにとって有益な情報を持っている可能性は否定出来ない。
 
「・・・今私は、いくつかの使命を帯びています。この地には、聖王家の方々を訪ねに。そして聖王遺物を聖王廟より賜り、ピドナに向かう予定です」
 
 カタリナの言葉に、ハリードはその真意を測るように軽く眉間に皺を寄せた。
 
「いやに素直に答えるな。聖王遺物を得てピドナに、か。神王教団に喧嘩でもふっかけにいくつもりか?」
「神王教団に・・・?」
 
 思わぬ単語の登場にカタリナが首を傾げると、ハリードは何時の間に頼んでいたのか昼食のクラブハウスサンドを受け取りながら言った。
 
「なんだ・・・知らないのか。神王教団の連中は、何でかは知らんが裏でコソコソ聖王遺物を集めている。俺は彼奴らが大嫌いでね。ロアーヌに寄ったのも元をたどれば、お前さんのもつマスカレイドの事を聞いて、近くに彼奴らがいたらひと泡吹かせてやろうか、なんて思ったからだったのさ」
 
 そう言ってクラブハウスサンドにかぶりつくハリードの顔を見ながら、カタリナは場の空気に似合わず大きく目を見開いていた。
 そんなカタリナの脳裏には、ピドナでシャールの言っていた話がまざまざと蘇る。
 それは、五年前の内乱後からピドナに増え始めたという神王教団の話。そしてその当時にレオナルド工房から奪われた聖王の槍が、五年前から動かずピドナにあるらしいという事。
 更には今しがたオウディウスから聞いた、近年の聖王遺物盗掘の噂と、聖王魔王ゆかりの地である魔王殿に最近うろついているとシャールが言っていた神王教団員の影。
 そして、ピドナで行方をくらましているマスカレイドを奪った人物。
 重ねていましがた聞いた、聖王遺物を集める神王教団の情報。
 確信的な証拠こそ無いものの、余りに繋がりが有りすぎるように感じた。
 
「・・・どうやらお前さんも、彼奴らに因縁が有りそうだな?」
 
 そんなカタリナの反応を見ていたハリードは、そう言ってまた手元のサンドの征服にかかる。
 ポールもまたそんなカタリナの様子を察知し、目を細めた。
 そしてカタリナは一つハリードに頭を下げると、ゆっくりと立ち上がった。
 
「どうするんだい、カタリナさん」
 
 ポールが聞くと、カタリナは立てかけていた大剣を背に配して食堂の入り口に顔を向けた。
 
「聖王廟にいくわ。聖王遺物をさっさと頂戴して、ピドナに戻る」
「・・・神王教団なのか」
 
 そのポールの言葉に、カタリナは弱々しく首を横に振った。
 
「分からないわ。でも、唯一見えた光明ではある。調べてみる価値はあるわね」
「そう簡単に調べられるかね。ピドナの神王教団支部は、バックにルートヴィッヒと近衛軍団がついている。生半可な事じゃ、化けの皮は剥がせないぜ?・・・戦闘面でも、政治面でもな」
 
 綺麗に皿の上を片付けたハリードがそう言うと、カタリナはふんと鼻を鳴らした。
 
「王は無く、内乱で軍団長が変わる程度の結束なき政に、私の立場位で事は動かないわ。ミカエル様とて、そんな物には動じない。それに万が一それがあったとして、化けの皮さえ剥がせば良いんでしょう。私にとってはそれ位単純明快なほうがやり易くていいわ」
 
 にやりと笑ながらそう言い放つカタリナに、ハリードもまたニヤリと口の端を釣り上げた。
 そして食事の代金をテーブルに置くと、彼もまた立ち上がる。
 
「面白そうだな、付き合わせろよ。ピドナはちと敬遠していたが、此処もそろそろ潮時かと思っていたんだ。そういう話なら、乗るぜ」
「おいおいマジかよ、魔貴族と戦った騎士にトルネードの
パーティーだと?一師団をぶっ潰しそうだな」
 
 乾いた笑いを浮かべながら言うと、ポールと、そしてエレンも立ち上がる。
 
「ピドナ、私も行くわ。サラとトムがいるし。サラには私も謝らないと」
 
 そんな三人にカタリナは少し目を丸くしたが、ふっと笑うと大剣を背負い直した。
 
「一人旅の予定が、随分賑やかになったわね。いいでしょう、よろしくお願いするわ」
 
 
 
 聖王廟に向かった四人は、カタリナの立っての願いでまず聖王の棺を前に祈祷を行った。
 その時カタリナの脳裏には知らないはずの聖王の顔が浮かんだ気がしたが、あまり驚かずにカタリナは祈りを終える。
 
「さて、ここには三つの聖王遺物が保管されているらしいが。全部持ってくのか?」
 
 ハリードが聞くと、カタリナは頷いた。
 
「ええ。オウディウス様にご許可は頂いているわ。盛大に獲得を宣伝しながらピドナに凱旋と洒落込もうじゃないの」
 
 カタリナのその言葉に、エレンが笑う。
 
「あは、カタリナ様、豪快なのね。楽しそう」
 
 そんなカタリナ達を余所に、ポールは少し気圧され気味に聖王廟の内部を見渡した。何分元盗賊には、ここは流石に神々しいのか。
 
「建物の構造はわりかし単純なんだな・・・。東西に伸びる空間からが其々試練への窓口ってところか。一個ずつ攻めていくのか?」
 
 ポールが聞くと、カタリナはうーんと唸った。
 
「試練の内容とかもよく分からないし、戦力分散は危ないかもしれないわね」
「いや、大した事はないぞ。道も一本道に近い。ただ敵が多くて暫く掃討に費やしちまってたがな。恐らく東西の部屋は2:2で別れて行けるだろう」
 
 カタリナの言葉にハリードがそう答える。聞けば彼はここ暫くはランスでの傭兵家業の合間にこの聖王廟の試練に挑戦していた様で、現在は東の間を攻略中だった様だ。
 
「成る程ね。では貴方の判断でチームを分けてもらっていいかしら」
「おいおい、あんたといいミカエル侯といい、よく俺みたいな流れ者にその辺の判断を任せるな。そいつはあれか、ロアーヌの国民性とかか?」
 
 ハリードが苦笑混じりに答えると、カタリナは腰に手を当ててふっと笑った。
 
「人となりは兎も角、貴方の実力と指揮能力、そして判断力は少なくとも私は聞いて知っているもの。其れをまず言うなら、貴方が噂に違わぬと初見で見抜いたミカエル様よ」
 
 これにはハリードも肩をすくめるしかない。そして直ぐ様腕を組んだかと思えば、ハリードはポールに目を向けた。
 
「お前、弓を扱えるな?」
「うえ、やっぱあんたにはばれるもんだな。まぁそこそこはイケるつもりだ。北の熟練ハンター直伝だしな」
 
 名指しされたポールは頭を掻きながらそう答えた。だが其れがなんだというのか、ポールがそう問い返すと、ハリードは西の間の方角を指差した。
 
「あっちは俺には厳しくてな。弓使いでないと突破が難しい。となれば取り敢えずお前は西だ。要になるから、頼むぜ」
「な、なるほどな・・・でも流石に俺一人は厳しいぞ。相方は?やっぱカタリナさんか?」
 
 要になる、などと言われて柄にもなく照れた様子のポールに、カタリナは思わず目を細めた。流石にハリードは人を動かすのがうまい。
 そして恐らく相方は自分になるだろうと思ってカタリナが進み出ようとすると、しかしハリードはポールの言葉に首を縦には振らなかった。
 
「いや、カタリナは俺と一緒に東だ。これで速攻でケリをつけて来る。お前はエレンと共に頼む。こっちが終わったら合流する」
「お、エレンちゃんと一緒?よっしゃ、俄然やる気が出てき・・・あー、冗談です何でもないです頑張りますはい」
 
 弓を持たぬのに射殺しそうなカタリナとハリードの視線を受け、ポールはげんなりしながら両手を上げる。いまいち反応が鈍いのはエレンのみだ。
 
「私は何すればいいの・・・?」
 
 取り残された感のあるエレンがハリードにそう尋ねると、ハリードはポールを指差しながら言った。
 
「後ろで見張ってて、こいつがミスったら一ミリずつ指先から切り落としてやればいい」
「オッケー」
「オッケーなの!!?」
 
 悲痛なポールの叫びも虚しく、時間を惜しんだ一行はいよいよ二手に分かれて聖王廟攻略に取り掛かった。
 弓を仕入れに一度戻ったポール達を尻目にそのまま東の間に向かったカタリナとハリードは、程なくして試練の間の入り口前に立っていた。
 
「ここから先は、近道と遠回りの二種の道が用意されている。俺は遠回りのコースで気ままにマッピングしていたが、どうする?」
「遠回り、時間かかりそうかしら?」
「そんなに長い道のりじゃあなさそうだが、放たれている魔物が多くて時間は喰うな」
「なら近道、行ってみましょうか」
 
 迷う事なく進み始めるカタリナに、ハリードも続く。
 入り口をくぐると直ぐさま天井の高い細長い通路が有り、その奥には早速にして剣を構えた巨人が仁王立ちしている。
 
「ハナから巨人族のお出迎えかよ。近道ってのは天国行きって事かね」
 
 冗談めかして言いながらハリードがすらりと獲物の曲刀を抜き放つと、カタリナも背中の大剣に手を掛けた。
 すると、いつもと同じ握り手の筈が、少し違和感を感じる。普段よりも、重みを感じたのだ。
 そこに、ハリードが言った。
 
「そうだ、言い忘れていたが・・・聖王記の後世への遺産の一節は本当らしい。『東の試練は意志の試練。心弱き者、くぐること能わず』だったな。意志を高く強く保て。ここではそれが身体能力に直結するぞ」
 
 それだけ言うと、ハリードは一足早く巨人へと向かって飛び出した。
 それを見送ったカタリナは、大剣を正眼に構えて一息つく。
 
「そういうのは早く言って頂戴よね・・・どんな理屈かは知らないけど、いいでしょう。ロアーヌ騎士の根性、見せてやるわ」
 
 気合を入れ直し、カタリナもハリードに続いて巨人に突撃をかけた。
 
 
 
「・・・お見事!」
 
 的を掲げた黒子はどこか無機質にそう言うと、射抜かれた的を残してすっと消え去る。
 ふぅ、とゆっくり息を吐いたポールは、構えを解きながらエレンに振り返った。
 
「・・・悪りぃ、手こずらせちまって」
 
 すまなそうに目を伏せながらのその言葉に、身体のあちこちに擦り傷を作ったエレンが笑って答えた。
 
「いいのいいの。どの道私やハリードは弓を扱えないから、ポールしかここを突破できる可能性を持っている人は居ないんだし。後ろは任せて、今度こそ次を射れば終了よ」
 
 ガシャリとグレートアクスの先端を地面に突き立てたエレンは、ポールの立つ、更にその先を見つめた。
 そこには先ほどと同じ格好の黒子が、見慣れない的を掲げて現れる。
 この西の間では、弓の腕が試されている。
 黒子の掲げる的を見事三回連続で射抜くことが出来れば突破との事だが、これが相当に難しい。
 的は元より小さく、三段階で更に萎む。加えて、的の真芯にある小さな赤い印を貫く射線で無ければ黒子は容赦なく矢を避けるのだ。
 北のハンター仕込みの弓術を扱うポールでも、これには度々に的を外した。ブランクがあったのも在るだろうが、外す度に周囲に魔物が湧き出る仕掛けが施されているので、其方に体力と気力を奪われるのだ。
 そこでエレンは、外しても魔物は全部自分が引き受けるから、と言ってポールには的だけを見させることにした。
 今この段階で十四回目の挑戦であるが、そろそろ体力と気力の限界をポールもエレンも感じてはいた。
 
(
エレンちゃんは流石にあのトルネードと旅をしてるだけあって、かなり強い・・・。だが、それでもあの子はカタリナさんやトルネードじゃあない。これ以上は危険だ・・・)
 
 それに、と思考を続けながら自らの弓を握り締める。
 既に弓たこが出来ては潰れ、手の感覚が最初程しっかりしていない。二の腕も弓に使う部分はなまっていた様で、既に部分的な筋肉弛緩が始まっている。
 それに的矢は気力の消耗も激しい。加えて魔物を後ろに任せている申し訳なさから精神的な焦りも大きく、それもまた的を外す要因となる悪循環。
 小さな的を掲げながらこちらを窺っているらしい黒子に苦々しい視線を向けながら、ポールはエレンに仕切り直しを切り出すか否かで迷う。
 その瞬間だった。背中に強烈な風圧がかかったかと思うと、石造りの地面が豪快に砕ける粉砕音が響く。
 仰天してポールが振り返ると、まさしく陥没した地面にグレートアクスを振り下ろした格好のエレンが、ポールを鋭く睨みつけていた。
 
「弱気になってんじゃないわよ、ポール。ぶち抜けばいいのよ。余計なこと考えたってやる事は一緒なんだから、頭空っぽにして射ればいいの」
 
 次は一ミリずつ指先から切り落としていくわよ、などと言いながら不敵に笑うエレンに視線を向けていたポールは、呆れた様にふっと苦笑いを浮かべながら黒子に向き直った。
 
「簡単に言ってくれるぜ・・・。女の子に説教される様じゃあ、俺もまだまだだな・・・」
 
 矢をあてがって引き絞った弓弦の悲鳴にも似た音を真近に聴きながら、ポールは言われた通りに頭を空っぽにして的を見つめた。
 何の因果か、冒険者に憧れて飛び出してから盗賊に落ちぶれ、捕まった先のロアーヌ地下牢でカタリナと出会い、一度は帰った故郷をまた離れ。
 そして今はなんと、あの聖王遺物を元盗賊の自分がこの手で真正面から入手せんとしている。
 彼の中にあったのはニーナを守るというだけの思いだったが、その結果として想像以上に壮大な流れに乗ってしまったようだ。
 そんな中で細かい事を考えたって、確かに仕様がないのかもしれない。
 キリキリと引き絞った弓弦の緊張が最高潮に達したのを察すると、ポールは吸った息を細く長く吐きながら頭の中には的の真芯を貫くイメージを描き、矢を放った。
 そして解き放たれた空気を切り裂く神速の矢は、瞬きの合間に寸分違わずイメージ通りに小さな的の中心を貫く。
 
「・・・お見事!」
「やった!!」
 
 黒子の台詞にエレンが飛び上がって喜ぶ声を背中に聴きながら、ポールはゆっくりと残りの息を吐きつつ弓を降ろす。
 額から滴る汗を拭うと、ガチャリと奥の扉の鍵が開いた音が聞こえた。
 
「ハリード達はもう手に入れているのかな。そうで無ければ、私達が一番乗りね。いこう、ポール!」
「・・・お、おう」
 
 まだ自分が試練を成したという実感が湧かないまま、エレンに手を引かれてポールは扉の奥へと足を進めた。
 薄暗い部屋の中にふわりふわりと浮かぶ光達をすり抜けながら二人が進んだ先には、立派に作られた台座の上に鎮座する神々しい弓があった。
 
「こいつは・・・」
「弓の試練で弓の聖王遺物かぁ。当然だろうけど、斧じゃなくて残念」
 
 ぼやくエレンを尻目に、おずおずと弓を手に取るポール。
 その瞬間、弓から体に流れ込む不可思議な力と空気に体が支配された。
 
(
・・・!?)
 
 緩やかな風が体を包み込む様に舞ったかと思うと、頭の中に聞き慣れない声が響く。
 
『良くぞ試練を成しました。貴方の強き心と曇りなきその目、しかと見届けました。これは、妖精の弓。あらゆる生命と風の加護を受けた弓。その身に宿命を宿さぬ貴方も、きっと彼らの手助けが出来るでしょう。この星を、頼みましたよ』
 
「お、おい・・・ちょっと待ってくれ・・・!」
 
 ふわりと浮いた様な感覚でその声を聞いていたポールは、声の終わりと同時に引き戻された意識で、そう叫んだ。
 
「どうしたの、ポール?」
 
 エレンが横から顔を覗き込む仕草をしてくると、ポールはなんでもないと取り繕ってからその手に握った妖精の弓を見つめる。
 
(
・・・余程の人手不足か?元盗賊相手に星を頼みました・・・って、ギャグにしてもセンスがないぜ、聖王さんよ・・・)
 
 自嘲気味に笑みを浮かべながらそう思うが、一息ついてそれ以上考える事をやめた。
 さっきもそうだったが、極限状態で色々考えてもあまり意味がなさそうだからだ。
 頼まれごとにしては随分とヘビーだが、強くなるにはいい機会だろうといったくらいに軽く心に留めておくことにする。
 
「・・・さて、と。じゃあちょいと休んでから、彼方さんの様子でも見に行くことにしようか。サポート有難うな、エレンちゃん。最後のハッパ、効いたぜ」
「ふふふ、外してたら危うく斧を振りかざすとこだったわ」
「おお、こわ・・・」
 
 すっかり緊張感から開放された様子で、二人は軽口を叩き合いながらその場を後にした。

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