ロマンシングサガ3 カタリナ編 第一章2

 驚きを隠せない城の者たちに急な別れを告げて一人ロアーヌ宮廷を出たカタリナは、ミカエルの言を受けてすぐさまロアーヌを離れた。

 町で馬車を借り、彼女が向かうは西の隣町であるミュルス。

ミュルスは西の水平の向こうにメッサーナ王国を仰ぐ広大な内海・ヨルド海に面したロアーヌ地方最大の港町として、ロアーヌ領の中でも一等貿易が盛んな場所だ。それ故に人の行き来も多く、様々な情報がそこに集まる。

 まずは昨夜見失ったあの男が何処に向かったかを、なんとかして突き止めなければならない。その思いを胸にまずは情報を集めようと考えたカタリナは、馬車に揺られながらミュルスに向かった。

 もちろん情報を得る以外にも、しっかりとした考えがあって向かったものだ。彼女の予測が正しければ、あの男も十中八九はミュルスに向かったと思われるのである。

 そもそもにしてロアーヌは現在発行されている世界地図でも東の端に近い位置にあり、そこから更に東は未開の辺境地である。今はシノンを中心に東方開拓が盛んであるが、やはりそれでも東に逃れたとは考え難い。

 かといってロアーヌ北方のポドールイ地方へは交通の便も悪く、途中には関所も多い。故にこちらの方面も考え難い。

 そして逆の南方は最も条件が過酷で、世界最高峰の霊峰タフターン山を初めとする長大なエルブール山脈が行く手を阻み、それを超えたとしてもその先にあるのは広大なナジュ砂漠である。途中に町という町はない。これでは死にに行くようなもので、これも考えられない。

 つまりは普通に考えれば、犯人が逃れた場所はロアーヌ領地内ならばミュルスしか考えられない、というわけだ。

 漸く馬車を降りて町に入ったときには既に日は落ちて夜の帳が訪れていたが、以前彼女が訪れた時と変わらず賑わっていた。

 頬を叩いて気合を入れなおすと、カタリナは意気揚々とミュルスの町へと踏み込んだ。

 

 

 

(・・・今日も、収穫は無し、か)

 

 数日が経っていた。

ミュルス中を歩き回って自分なりに情報を集めていたカタリナは、その日も意気消沈したような表情でメインストリートの裏道にある宿屋の門を潜った。

 いまだ彼女がミュルスに滞在しているのは、とにかくここでほんの少しでもあの男の足取りをつかまないと、何処にも進むことが出来ないからだった。

 このミュルスからは、それこそ、いこうと思えば船を使ってどこにでもいける。だからここからあてずっぽうに何処かに向かってしまえば、それこそ以降の消息をつかめなくなってしまうということだ。

 故にカタリナは焦る気持ちを抑え、落ち着いて情報を集めることにしたのだ。そうして彼女は旅費を浮かせるために裏道の安宿をとって、情報集めに終始していた。

 だが現実はそう甘くもないらしく、ここ数日は有益となる手がかりを得られぬままに時間が過ぎていった。そもそも宮廷での生活しか送ったことがないカタリナでは、どうやって情報を集めればいいのかということもあまり把握出来ていない。そんな彼女に対し、現実はかなり厳しいものであった。

 

「・・・おや、カタリナ様ではないですか。そのような格好でこのような場所に、どうかなさったのですか?」

 

 自らの無力を呪うような気持ちで宿に入ると同時にいきなり声をかけられ、カタリナは多少驚きながら声の聞こえた方向に振り向いた。

 そこには、数日前に謁見の間で顔を合わせた開拓民の一人であるトーマスが立っていた。

 

「・・・貴方は確か・・・トーマス=ベント、でしたね。よく私が誰だか分かりましたね・・・」

 

 自分で言うのもなんだが、相当に外見は変わったはずである。髪は前も後ろも相当切ったし、元々ほとんどしないが、それに輪をかけて化粧らしい化粧もしていない。そしてまるっきり旅人の姿とくれば、一度会ったくらいの人物では分からないだろうと思ったからだ。

 

「いえ、カタリナ様はロアーヌ宮廷内でも特に印象的でしたし、お姿が多少変わっても誰にだって分かりますよ」

 

 上品に腕を組みながら言うトーマスに、カタリナはそんなものなのかと思いながら相槌を打った。

 

「・・・で、最初の質問に戻りますが、どうかなさったのですか?あ、ご都合が悪ければ仰っていただかなくて結構ですよ」

 

 再び質問をしてくるトーマス。ふと考えたカタリナだったが、すぐに口を開いた。

 

「ある男を、探しているのです。どんな姿かも分からないけれど・・・とにかく探しているのです。それで何か情報を得られればと思って、この町に来ました」

 

 そういってかぶりを振るカタリナ。その仕草は、ありありと収穫無しという雰囲気が見て取れるものだ。

 トーマスはそれだけを聞くと、何かを考えるような仕草をしたあと、なるほどといいながら腕組みを解いた。

 

「しかし、それを何故、モニカ様のボディーガードであるカタリナ様が・・・?」

 

 その言葉には、カタリナは答えることが出来なかった。何せ、護衛としてこれまで以上に注意をしていかなければならないと自分で一層決意を固めた矢先にこの体たらくだ。事情の説明などはとてもする気にもなれなかったし、その場で彼女には言うべき言葉が見つからなかった。

 

「・・・色々とご事情が有るようですね。もしよろしければですが・・・ご協力させていただけませんか?情報が入用でしたら、私でもある程度助けになれると思います」

 

 一歩前進しながら、トーマスはそう言った。

 その言葉に驚きながらカタリナが彼を見据えると、トーマスはあくまでも紳士的に肩をすくめる。

 

「きっと、カタリナ様が早く用事を済ませて帰って差し上げないと、モニカ様が寂しがります。私がモニカ様と共に旅をした数日間でさえ、モニカ様の口からミカエル様と、そして貴方様のお名前が出なかった日はなかった。ロアーヌの華を寂しがらせてしまうのは、このロアーヌの地に暮らす民としては、したくないじゃないですか?」

 

 そういってトーマスははにかみながら笑った。とても開拓民とは思えぬその紳士的な振る舞いと口ぶりにある種の感心を覚えながら、カタリナは彼に言葉を返す。

 

「それは・・・助けてもらえるならばうれしいのですけれど・・・。でも・・・本当にいいのですか?私ではあまり恩賞も弾めませんし・・・貴方も用事、あるのでしょう?」

 

 当然トーマスにも用事はあるのだろうと、カタリナは判断していた。シノンの開拓民たる彼がここに居ること自体、それを証明しているようなものだ。

 

「確かに在りますが、そこまで急ぎ・・・というわけでもないんですよ。とにかく、男を探しているのですね・・・?もう少し特徴を教えていただけませんか?この町は私もいくつか伝があるので、早速当たってみましょう」

 

 カタリナの疑問にはその言葉とウインクで返しながら、トーマスはカタリナを手まねきしながら宿を後にした。

 少しの間豆鉄砲を食らったような表情をしていたカタリナだが、これは思わぬ協力者だ。とにかく藁にもすがりたい思いであった彼女はこれを楽観的に捉えることにすると、トーマスに追随する形で外に出た。

 

 

宿をでたカタリナは、メインストリートではなく裏道を進んだ先にある酒場に入っていくトーマスをさらに追いかける。酒場に着くまでに、遠まわしに男の特徴を説明した。

 中に入ると、まるで祭りでも開かれているのかというほどに中はガヤガヤとした喧騒に包まれていた。民衆の酒場というものにはカタリナは初めて入ったが、いつもこんなものなのだろうか。

 工業も盛んなミュルスらしく、労働者で内部は溢れかえっている。その大層な人ごみのなかを慣れた仕草でかき分けて進むトーマスを確認すると、カタリナも同じように進み始める。

 

「おうねーちゃん!別嬪さんだなぁ!」

「こっちきて俺に酒を注いでくれよっ!」

 

 通り過ぎるところどころからヤジが飛んでくるが、カタリナはそれには耳を傾けない。こういった場所にきた経験こそないものの、幼い頃より女という身でありながらも騎士として男社会の中に身を置いていたカタリナからしてみれば、こういったヤジはお手の物なのだ。

 人波をかき分けてようやくトーマスの居るところまで到達すると、そこはカウンター席だった。カタリナの姿を確認したトーマスは椅子に座るように勧めると、適当に飲み物を注文しながらカウンターにいる人物に話しかけた。

 

「ん、いつもの情報屋は・・・いないか。まぁいい。久しぶりだね、マスター。ちょっと聞きたいことがあるんだけれど、いいかな?」

 

 グラスの麦酒を片手に、にこやかにマスターに話しかけるトーマス。

 

「お、ベントの若旦那か、久しぶりだな。一体何を聞きたいってんだ?」

 

 どうやらトーマスが一杯奢ったらしく、自身も麦酒を片手に軽快に答えるマスター。しかしカタリナの個人的な見識では、酒場のマスターというよりは明らかに海の男といった風情の人物だ。貿易だけにとどまらず漁業・工業も盛んなミュルスらしいマスター、なのかもしれない。

 

「ある男を探しているんだが・・・とりあえず最近街に出入りした人間、もしくは最近流れてきた噂のなかで、なにか面白そうなのは聞いていないかな」

 

 直球の質問を投げかけるトーマス。そのあまりに慣れた様子にある種感心しながら、カタリナもグラスに口をつけつつマスターの答えを待った。

 

「男、ねぇ。それなら数日前にすげぇのがいたぞ。聞いて驚くなよ、なんとあのトルネードがこのミュルスに着たんだ。丁度今日の旦那みたいに別嬪の姉ちゃんを連れて、ツヴァイクに向かったとか海運のやつらが言ってたぞ」

 

 マスターはカタリナに視線を向けながらニカっと笑った。髭についた麦酒の泡がキュートではあるが、話の内容は望むものではないので無難に愛想笑いを返す。

 

「トルネードか、そりゃあ珍しい。でもそうだな・・・探しているのは、もう少し違う男なんだ。その付近で、他に聞いていないかな?・・・そう、例えば」

 

そういってトーマスが視線をカタリナに寄越すと、カタリナは引き継ぐようにしてあの夜に見た僅かな記憶を頼りに言葉を紡いだ。

 

「ローブ姿で・・・目立った体格ではないけれど、そう・・・小剣を持っていた男とか」

「ローブ姿で小剣・・・・ねぇ。・・・あぁ、そういえば一応ちょろっとしたのはあるなぁ」

「へぇ、どんなのだい?」

 

 すかさず二杯目を奢るようにチップを置きながら続きを促すトーマス。カタリナには、このトーマスという男が単なるシノンの開拓民であるようには見えなくなってきていた。

 

「・・・ガーフィールドのやつらが、値打ちモンそうな小剣を持った男が客船に乗って行ったとこの間話していたな・・・・。だが船に乗ったっつーことはもうミュルスには居ないな。ピドナ行きの船だった、ってのはきいたが・・・それくらいかねぇ」

 

 思わずガタン、と音を立てて立ち上がるカタリナ。その様子を見たトーマスは、グラスを一気に空けてからゆっくりと立ち上がった。

 

「ありがとう、マスター。どうやらビンゴみたいだ。今度またゆっくり飲みに来るよ」

 

 そういうと、カタリナにむけて出口に行くよう合図した。

 頷いたカタリナは、急ぎ足で酒場を後にした。

 

「感謝します、トーマス。まさかこんなにすぐ情報が手に入るなんて、思ってもみませんでした」

 

 酒場を出たところでトーマスに頭を下げるカタリナ。トーマスは慌てて頭を上げるように言ってから口を開いた。

 

「いえ、お役に立てたのならよかったですよ・・・というか、まさかここまで早く情報が手に入るとは思っても見なかったのは私も一緒です」

 

 苦笑しつつ眼鏡を上げるトーマス。そして港の方角を見ながら、さらに続けた。

 

「ちなみに、夜行の客船でもピドナ行きならあるはずですよ」

「本当!?・・・・それに乗ることにします。この恩は必ず返します、本当にありがとう、トーマス」

 

 言うが早いか、カタリナはくるりと体を反転させて港へ向けて歩き出した。

 

「っとと、お待ち下さい、カタリナ様」

 

 しかしすぐにトーマスの呼びかけに足を止めたカタリナは、彼に振り返った。するとトーマスはなにやら紙にメモを書くと、カタリナに差し出してきた。

 

「実は、私も近くピドナに行く予定でしてね。そこで少々親族の仕事を手伝うことになっています。もしまた何かあったら、この住所を訪れてください。今回と同じく情報のことなら、お役に立てると思いますから」

 

 紙を受け取ったカタリナはそれを懐にしまうと、再度トーマスに丁寧に礼を述べ、急ぎ足でその場を後にした。

 

「・・・どうしたの?トム・・・」

 

 しばらくカタリナの去った後を見送っていたトーマスに、後ろから声が掛かる。

 

「・・・いや、どうもしないよ・・・サラ」

 

 そういってゆっくりと振り向くトーマスの視線の先には、旅装束に身を包んだサラ=カーソンの姿があった。

 

「すこしばかり、野暮用で宿を出ていたんだ。すまないな、探させてしまったかい?」

 

 ぺこりと頭を下げるトーマスに対し、それを否定するようにゆっくりと首を振ったサラは、トーマスの姿のさらに先、港へと続く道に目を向けた。

 

「さっきの人・・・トムの彼女?」

 

 サラの言葉に思わず咳き込むトーマス。ニヤニヤとその様子をゆっくり眺めたサラは、満足したように宿へと引き返していった。

 

「・・・あの子も言うようになったな。やはりシノンから出て正解だったかな。しかし・・・こうなるとむしろエレンが心配だが、ここはハリードに任せるしかないか」

 

 腕組みをしながら一人つぶやく。そうしながら再度カタリナの去って行った方向に向き直った。

 

(・・・ユリアンがロアーヌで宮廷の新設部隊プリンセスガードとやらに呼ばれたのは、カタリナ様がモニカ様の元を離れたからだったのか。確かにカタリナ様がいない状況では、新たにモニカ様の護衛部隊を作らなければならないだろうから合点もいくな・・・・。しかし、何故あんなお忍びみたいな状況でわざわざカタリナ様が動く・・・?・・・・値打ちものの小剣・・・か。まさかな・・・)

 

 様々に思案を巡らせる彼のみる向こうで、出発の刻を告げる大きな船の汽笛音が聞こえてきた。

 

 

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