ロマンシングサガ3 カタリナ編 序章4

 謁見の間に駆けつけたミカエルとハリードは、扉の中から放たれた赤い閃光に思わず目を覆った。視界が機能しない中で彼らが最初に聞いたのは、グシャッ、という鈍い音だった。謁見の間の中央に響いたそれは、飛び散った肉片が地面に落ちた、異様に耳に残る不快な音だ。

 そして覆っていた視界を開放すると、彼らの目に見えたのは部屋の中央に立つカタリナと、彼女がもつ美しく、そして目にも鮮やかな赤い刀身の大剣。そして、その後ろで肩から腰にかけて真っ二つにされて事切れている醜悪な悪鬼の姿だった。

 

「な・・・何が起こったっていうんだ・・・?」

 

 ミカエルの隣りで自らの得物である曲刀を手にしたハリードは、何がなんだか分からないという風に謁見の間の風景を見てつぶやいた。

 それに気がついたのか、佇んでいたカタリナが入り口にいる二人のほうに振り返る。

 

「・・・!ミカエル様っ!ご無事で何よりです・・・」

 

 大剣を自分の背中に隠しながら礼儀正しくお辞儀をする。それを見て、ミカエルはカタリナに歩み寄った。

 

「カタリナこそ、無事で何よりだ。それに・・・ご苦労だった。私の仕事を肩代わりさせてしまったようだ」

 

 ミカエルの労いの言葉を受け、カタリナはゆっくりと顔を上げた。

 

「もったいないお言葉です。私如きがミカエル様のお役に立てたのならば、幸いです」

「大体の事情はこの状況で把握させてもらった。どうやらゲートの影響は思った以上に、強く世界に干渉し始めているようだな」

 

 自らの背後に横たわる悪鬼の死骸を見ながらミカエルがつぶやく。それと同時に、悪鬼の死骸は塵となって消えていった。

 

「・・・そのようですね。まさか宮廷内にまで事が及ぼうとは・・・」

 

 カタリナはそういいながら、自らの持つ大剣を一撫でする。すると、真紅の大剣は光り輝き、瞬時に元の小剣へとその姿をかえた。

 

「・・・で、ミカエルさんよ。俺の活躍の場ってのは、どうなっちまったんだ?」

 

 ミカエルとカタリナが思案しているところに、一人置いてけぼりを食らった形のハリードが歩み寄ってきた。既に曲刀もしまっており、苦笑交じりに近づいてくる。

 

「・・・ミカエル様、こちらの方は・・・?」

 

 見たことのない男がやけに気安くミカエルに話しかけるのをみて眉をひそめたカタリナが、ミカエルのほうを向いて問いただしてみた。

 褐色の肌、彫りの深い顔立ち、砂漠の民を思わせる服装。そして腰にはこの男の得物らしいこれまた砂漠の民特有の武具、曲刀。どう見てもロアーヌ所縁のものには見えない。

 

「あぁ、紹介が遅れたな。この男は、あの有名なトルネードだ。今回の戦で縁があってな。ここまで同行して貰ったのだ」

 

 事も無げにミカエルがそういうと、トルネードと紹介されたことに苦笑しながらハリードがカタリナに向き直った。

 

「俺をそう呼ぶやつもいるが、一応名前はあるんだよ。ハリードっていうんだ。よろしくな」

「そうでしたか・・・これは申し送れました。私、ロアーヌ候ミカエル様の妹君であらせられるモニカ様の侍女を勤めさせていただいております、カタリナ=ラウランと申します。以後お見知りおきを・・・」

 

 丁寧に頭を下げると、ハリードは驚いたように声を上げた。

 

「あの姫様の侍女だって!?・・・おいおいミカエルさんよ、人選は考えたほうがいいんじゃないか?」

 

 突然この男は、何て失礼なことを言い出すのか。カタリナは憤慨の表情で顔を上げたが、ハリードはそんなカタリナの表情には気がつかず、ミカエルに向き直ってさらに続けた。

 

「デーモン種族を単騎で打ち倒すほどの逸材だぞ?今回の俺と同じく、師団補助・・・いや、正規の師団長でも問題なくいけるだろうに」

「・・・は?」

 

 なにやら話が思わぬ方向に進んでいるようだ。どうやらカタリナの実力を高く評価してもらっているようだが、しかしそんなことをなにもミカエルに向かって言わなくともいいだろうに、とカタリナが表情で訴えかける。万が一にも今のポジションを変えられてしまうことを、カタリナは非常に恐れていた。

 そんなカタリナの思いを知ってか知らずか、ミカエルは平然とハリードに答えた。

 

「いや、この現状を見て判るとおり、いまやこのロアーヌ宮廷内といえども、過度の安心は出来ない状況にあるようだ。そんな状況の中で我が妹モニカの護衛を任せられるのは、このカタリナしかおらんのだ」

「む・・・そういうものか・・・?しかし、惜しいなぁ・・・」

 

 ミカエルの言葉に一応の納得をしたのか、ハリードはブツブツといいながらも引き下がった。

 

「あ、そういえばミカエル様・・・。モニカ様は・・・」

 

 ミカエルたちの登場に若干気が動転していたカタリナだが、ここに至ってようやくモニカのことを思い出した。さすがに付き従っているはずは無いと思ったが、本陣にでもいるのだろうか。

 

「モニカならば、北のポドールイに向かわせた。今はレオニード伯の下で庇護してもらっている」

「え!?・・・レオニード伯の元に、ですか・・・」

 

 流石に予想していなかった答えが返ってきたので、動揺を隠せぬままにミカエルの言葉に答える。

 

「ゴドウィンが反乱を企てているのは、父の生前より感付いていたことだ。それゆえ、あやつがこのタイミングで必ず反乱を起こすよう、必要最低限の兵のみを以て出陣した。故に、手元にはモニカの護衛に割けるだけの残存兵力がなかったのだ。なので陣営にはおかず、今回はレオニード伯を頼らせてもらった」

「そうだったのですか・・・」

 

 流石はミカエル、と思わざるを得なかった。何も知らない状況で日々を過ごしていた自分が今度こそ恥ずかしく思えてうつむいたカタリナだったが、それを見て取ったのか、ミカエルは再び口を開いた。

 

「そう気を落とすな。信頼に足るお前に打ち明けるのは簡単だったが、どうしてもゴドウィン如きが単独で謀反を起こすということに対して最終的に合点がいかなかったゆえ、黙っていただけの話だ。絵空事ならば杞憂になってしまうからな」

「毎度、ミカエル様の思慮深さには恐れ入ります。・・・して、モニカ様はそれでは、お一人でポドールイへ・・・?」

 

 ミカエルが精一杯の労いをしてくれているのだと感じたカタリナは自然と顔が笑顔になりそうになるのを抑えながら、話の続きを促した。

 

「いや、現地で護衛を雇ったのだ。モニカが私の元に来るまでにはその者たちと、そしてこのトルネードが付き従っていてくれた。モニカも信頼に足ると言ったゆえ、その者たちにそのまま護衛を任せたのだ。到着の報も既にレオニード伯から受けたから、しっかり役目を果たしてくれたようだ。帰ってきたらその者達も労ってやらねばな」

 

 かすかに微笑むミカエルに、合わせて相槌を打ったカタリナも微笑んだ。

 

「わざわざここまで来たってのに暴れまわることが出来なかった俺は、なんだか一番損な役回りを買って出ちまった気がするぜ・・・」

 

 微笑む二人の隣でハリードは一人、ぼやきながら肩をすくめるのだった。

 

 

 結局、今回の事変はミカエルの有能さを他国に知らしめただけなんだろうな、とカタリナは事務業務をしながら考えていた。

 あまりにも鮮やかなあぶり出し、そして殲滅。

 弛まぬ執政を行いながらそのようなことまでしてのけた若きロアーヌ候に、ここ数日は各国から賛辞の報がひっきりなしに届いていた。

 

「これは何処にまわせばいいの?」

 

 地方からの申請書を区分けして順番にファイリングしたカタリナは、近くで作業する事務官の女に伺った。

 

「あ、えっと、そちらはすぐ後ろにある棚の・・・申請書の区分け欄と照合しながら入れていただければ・・・」

 

 おずおずと事務官が答える。その明らかに緊張を隠しきれていない声は気にせずに、カタリナは言われたとおりに棚のなかにファイルを分けてしまっていった。

 

(まぁ、宮廷貴族がこんなところにいきなり来てお手伝い・・・じゃあ確かに緊張するものかもしれないわね・・・)

 

 そんなことを考えながら、苦笑混じりにカタリナは作業を続けた。

 今回の事変は確かに国の基盤を揺るがすようなものには発展しなかったが、しかし国の基盤がまだ固まりきっていないことを露呈した事件でもあった。

 反乱の首謀者とされるゴドウィン男爵の消息は結局つかめず、そのまま候家縁の貴族が一つ没落。そしてその反乱に直接加担した大臣以下数人の官僚は極刑に処され、その下にいて反乱に加担させられた形の下士官たちも、ほとぼりが冷めるまで周辺地域に左遷という処分が取られた。つまり、諸々の始末書やその他通常業務をする役人が不足しているという状況なのである。

 故にこうして、カタリナもお手伝いに馳せ参じたというわけなのだ。

 

「カタリナ、いますか?」

 

 そうして作業をこなしていると、不意に入り口で名前を呼ばれた。

 作業を中断して其方に目を向けると、正装をしたモニカが部屋の中を覗き込んでいた。

 謁見の間での戦いから三日後、つい昨日になってようやくモニカはポドールイから帰還した。

 ロアーヌ東方の開拓地シノンからポドールイまでの護衛を勤めたという現地民も共におり、今日は謁見の間にハリード他その現地民らを招き、ミカエルが労いの言葉をかけるとのことだった。

モニカの姿を確認したとたん、ざわざわと騒がしくなる事務室。宮廷貴族に加え、さらには候族まで顔を出しにきたとあっては、それこそある種の一大イベントだろう。

 

「はい、ここに」

 

 立ち上がりながらカタリナが返事をすると、モニカは手を振りながらこちらに歩み寄ってきた。

 

「そろそろ謁見の間に行きましょう。ユリアン様達が城門に到着したらしいわ」

 

 どこか浮かれたように、楽しそうにしながらしゃべるモニカ。ユリアンというのは、護衛を勤めた現地民の中の一人のことらしい。どうやら男の名のようだが、よもやモニカに対して不穏な態度を示しているわけではなかろうかと若干の危惧を感じつつも、カタリナはその言葉に呼応して目の前のデスクを片し始めた。

 

「はい、ではここを片付けてからすぐ参ります。モニカ様はお先に向かっていらしてください」

 

 素直に返事をして部屋を去るモニカを横目に、先ほどの事務官に作業の引継ぎをしてカタリナもすぐに事務室を後にした。

 カタリナが事務室を去った後も、その場は騒然としたままであった。

 

 

「さて、今回の難局を乗り切ることが出来たのも、多くの者の助力あってこそのことだ」

 

 玉座に構えたミカエルが、そう切り出した。すぐ傍に控えるモニカとカタリナ。

そして玉座に向かい合って立っているのは、ハリード他五人の人物だった。

 

「特にここに居るハリード、トーマス、ユリアン、エレン、サラは、このロアーヌ宮廷に直接仕えていないにも関わらず、よく働いてくれた」

 

 名前を呼ばれ、呼応するように順に頭を下げる五人の男女。一見するとハリード以外は明らかに地方の民と見て取れる粗野な格好だ。やはりハリード以外は皆、ロアーヌ東方のシノンの開拓民らしい。しかしその者たちにはみな共通して、若く、そして鋭い眼光が宿っているようにカタリナには感じられた。

 

「よくぞ、我が妹モニカを無事にレオニード伯のところまで護衛してくれた。私の至らなさ故にお主達にまで迷惑をかけてしまったことは、申し訳なく思っている」

 

 そういうと、ミカエルは軽く頭を下げた。

すかさず口笛ではやし立てるハリード。カタリナは、あとでハリードを背中から蹴り倒してやろうと心に誓った。

 

「ハリードには我が軍に従軍してもらい、多大な功績を出してもらった。このような機会にお主にめぐり合えたこと、感謝しよう」

 

 ハリードの口笛もなんのその、ミカエルはハリードに目を向けるとそう口にした。そして若干気まずそうに頭をかくハリード。ざまあ見ろ、とでもいうようににやりと笑うカタリナ。

 と、そこでモニカが前に歩み出た。そしてそのまま上段からくだり、ハリードの前まで歩み寄ると、ぺこりと頭を下げた。

 

「ハリード様、ありがとう御座いました」

「・・・金のためだ。別に感謝してもらう必要はないぜ」

 

 素直なのかわざとなのか分からないが、どこか皮肉めいた笑みを浮かべながらハリードが返す。

 続いてすぐ隣の眼鏡をかけた若者の前に立つと、同じようにモニカは頭を下げた。

 

「トーマス様、ありがとう御座いました」

「勿体無いお言葉です」

 

 そういって礼をするトーマス。瞳に宿った光は、ハリードを除けば彼のものが一番鋭い。服装こそ開拓民のそれだが、どこか垢抜けた空気と知性を持っている。

 

「ユリアン様、ありがとう御座いました」

「・・・自分が正しいと思うことをやれって親父がいつも・・・別に、そんな・・・」

 

 ユリアンと呼ばれた緑髪の青年は、若干緊張気味にそういって頭を下げた。その眼光は確かに可能性に満ち溢れているようにも見えるが、一見しただけでは何処にでもいそうな開拓民の青年だ。しかし油断をしてはいけない。この青年は要チェックだ。

 

「エレン様、ありがとう御座いました」

「モニカ様と旅をしたの、結構楽しかったよ」

 

 次にモニカが礼を述べたのは、髪を後ろでまとめた女性だった。格好は他と同じく開拓民のそれであるが、その服装すらもトレンドに見えるほどにこのエレンという女性は容姿が洗練されていて、美しかった。化粧を施した貴族的な美しさではなく、自然が育んだ天性の美しさを持っている。そしてそれを気にもしていないような素振りと、勝気な瞳。一見してもわかるほどに才気にあふれた、将来有望そうな女性だ。

 

「サラ様、ありがとう御座いました」

「・・・いえ・・・」

 

 最後にモニカが礼を述べたのは、若干エレンの後ろに隠れるようにして立っていた少女だ。エレン以上に長い髪を後ろに流した、気の弱そうな少女。エレンの妹であると事前にモニカから聞いていたが、どうやら姉に守られて過ごしてきた箱入り娘、といったところだろうか。

 そしてモニカは五人に礼を述べた後、こちらに歩み寄ってきた。

 

「カタリナ、ありがとう」

「・・・モニカ様の勇気が、ゴドウィンの野望を打ち砕いたのですよ」

 

 カタリナに向かって頭を下げたモニカに、彼女の目の高さまで姿勢を下げてカタリナはそう答えた。

 

「ここにいる皆にはそれぞれ、十分な恩賞を与えよう」

「まぁ、当然だな」

 

 ミカエルの言葉にまたしても軽口を放つハリード。頬が引きつるカタリナ。

 

「まぁ、ハリード様ったら!」

 

 しかしそういって笑うモニカの笑顔はここ最近にはなかなか見られなかった素直な明るさが出ていたので、カタリナはこの軽口に関しては目を瞑ることにしてあげた。

 

 

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